21 挑発


それは唐突、かもしれない。
だけど一瞬ポカンとしたあと顔が緩んでいくのがわかる。
目は口ほどにものを言う。
俺はそんなに物欲しげな顔をしてたんだろうか。
夾の目に映る自分がおかしくてたまらない。
口角を上げ、ほんの少し距離を詰める。
夾のほうが数センチ身長高いから目を細めじっと見上げた。

「ヤリたい」

無表情に戻った夾がなにを考えてんのかなんて知らない。
ただ聞かれたことに素直に答えた。
瞬間、ネクタイが掴まれ強く引かれた。
距離が一層狭まる。
吐息が触れ合うほどの距離。
間近で見ると綺麗な顔をしてるな、としみじみ思った。
晄人なんかはそりゃ美形って言葉がしっくりくるし、それに比べれば美形とかってのとは違うけど。
だけど女の子ならイケメンだと騒ぐだろうし、男前って言葉が似合う顔立ち、てか雰囲気なのかな。
切れ長の目が鋭い光を宿して俺を見据えてた。

「俺とヤリたいならこのまえのガキどうにかしろ。俺は他のヤツの手垢のついたものなんていらねぇんだよ」

低い声が鼓膜を震わせる。
視線が絡んで数秒、圧迫感が消えた。
ネクタイが離されて夾は持っていた煙草を消すと新しい煙草に火をつけた。
窓の外に向かって吐き出される紫煙を見ながら携帯を取り出し電話をかける。
どこの学校もいまは昼休みだろう。だからといってすぐに出れるわけでもないし、しばらくしてようやく電話は繋がった。

「もしもし!」

向こう側はどこかひとのいないところに移動したのか静かだ。

「奏くん? いまいい?」
「はい!」
「あのさ、話があるんだけど、今日の放課後って時間ある?」
「はい! 大丈夫……です」

元気な声のトーンが急に落ちた。
俺の言葉に奏くんがなにを思ったのかは知る由もない。
じゃあ、と待ち合わせ場所を決めて電話を切った。
短い電話を終えると、まだ吸えそうな煙草を消そうとしてるのが目に映る。

「煙草、ちょーだい」

言えば、手を止めた夾が俺を見て、煙草を俺の前に翳す。
それを首を伸ばして咥えた。
そして夾は部屋を出て行った。
すっかり馴染んだ匂い。でも特に慣れてはいない煙草の味。
少し吸って、大きく窓を開けて、あっと気づく。

「俺、灰皿持ってない」

しょうがなく窓枠に擦り付けて消した。

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