08 自宅にて。
「おかえりなさい。紘一くんもお疲れ様」
出迎えたのは祖母だ。
60歳を少し超えた祖母はおばあちゃんと呼ぶには若々しい。
俺のお袋と並ぶと姉妹にさえ見えるほどだ。
片瀬の家を家政婦さんと一緒に切り盛りしている。
ちなみに両親はいまオーベルジュをオープンする準備で忙しく、あまり家にいない。
祖父母と同居する俺の家は純和風の平屋だ。
祖父は茶を嗜むひとで趣味が高じて茶室を作ったほど。
まぁ数年前にリフォームして家の中自体はそんなに和風ってわけじゃない。
俺たち家族の部屋はほとんどフローリングだし。
「お久しぶりです」
礼儀正しく腰を折る紘一さんの横で靴を脱ぎ上がる。
祖母のうしろには40代半ばの家政婦の佐江さんが控えていて、俺は祖母と佐江さんにただいまと言って紘一さんを見た。
「これお土産です。茜さんがお好きだとおっしゃっていた―――」
茜、というのは祖母の名前だ。
祖母へと穏やかすぎるとも言われる笑みを浮かべ、柔和な眼差しで祖母に手土産のはいった紙袋を渡している。
その袋に入っている店名のロゴはここ最近祖母がハマってる洋菓子店のものだ。
最近も最近、ここ二週間ほどのこと。
「まぁ、紘一くんいつも悪いわね」
本当に、いつものことながら耳が早い。
つーかどこで聞きつけるんだろうか。
「いえ。みなさんでお召し上がりください。佐江さんはアップルパイがお好きだとお聞きしたのでいれていますよ」
優しげに、だけれど屈託ない笑みを浮かべて言う紘一さんに佐江さんは少女のように顔を赤らめて、祖母は祖母で楽しそうに笑い声を立てる。
―――本当にどこで聞きつけるんだか。
声の抑揚も、浮かべる笑みも、所作も、完璧。
松原グループの後継として育てられたんだからそれもそうなのか。
適当に相槌打ちながら三人の談笑を聞き、しばらくして俺は自室へ、紘一さんは祖父の部屋へと向かった。
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