chocolate holic V


「なんで知ってるんですか」

思わず言って、しまったって口を押さえる。
だけどもう遅い。
満面の笑みの智紀さんが「早く」って急かしてくる。

「……あの味見してませんから」
「いいよ。千裕の作ったものなら美味しいに決まってるから」
「……チョコレートじゃなくてチョコレートムースです」
「いいよ。チョコが入ってればバレンタイン♪」
「……あの」
「千裕。俺まじでおなか減ってんだけど」
「……」

カレー食べたじゃないですか。
呟いた俺の言葉に、
チョコ枠が空きまくってんの、なんていう意味わからないことを返してくる。
しかたなく俺は冷蔵庫にチョコレートムースを取りに行った。
職場の人からしか義理貰ってないって聞いて―――ぶっちゃけ少しホッとした。
でも手づくりって聞いて―――えって思ったら実優ちゃんだったわけだけど。
どちらにしても実優ちゃんと比べられるのは痛い。
何回か手料理御馳走になったけど美味しかったし、俺は初心者だし。
もちろん智紀さんが比べるようなことはしないっていうのはわかってはいるんだけど。
だから失敗したときのためにって買っておいたチョコを渡して終わろうと思ってたんだけど、まさか気付かれてたなんて。
俺の作ったしょぼいチョコムースをテーブルに置く。
飾り気もなにもないただのムース。

「普通のムースですから。……ていうかなんで俺が作ってるってわかったんですか」
「帰って来たときに一瞬甘い匂いがしたから」
「それだけ?」
「そ。俺鼻利くんだよね」
「……」

デザートスプーンを渡すと「ありがと。いただきまーす」と嬉しそうに智紀さんはムースを口に運んだ。
あまり見ないようにするけどやっぱ気になる。
味見ちゃんとしておけばよかったとか一度試作しておけばよかったとか後悔しても今さら遅い。
自分の分のムースに視線を落としながらも意識はめちゃくちゃ智紀さんに向けてて。

「うん、うまい」

自然と出たって感じのその言葉にほっと一安心した。

「あ! 間違った!」
「なにがですか」
「ちーくん、食べさせてよ」
「え……。大人なんだし自分で食べればいいでしょ」
「バレンタインだから恋人に食べさせてほし―の。ほら」

隣来て、ってイスを叩く智紀さんにため息をついて見せながら隣に座って「あーん」って自分で言ってる智紀さんに食べさせてあげた。

「美味しい」

にこにこして言われれば悪い気はしないし、「ちーくんも」と言われて「あーん」って食べさせられた俺の手づくりムースは―――わりと美味しかったと思う。
―――かなり甘かったけど。

「ちーくん」
「なんですか」
「ありがとう」

微笑みかけられて、なんか気恥ずかしさに耳のあたりが熱くなるのを感じた。
言葉に詰まってると距離が一瞬で詰まって、唇に唇が触れてきた。

「―――千裕。ハッピーバレンタイン」

たまには甘すぎるバレンタインもいいかな、なんて少しだけ思った今年のバレンタイン。
ふっと笑って特別サービスだと今度は俺からキスをおくったのだった。


【chocolate holic×××】

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