【今日、待ってるよ】
携帯に届いたメール。普段からたいして着信も受信もないその携帯はほぼ秋志用だといっても過言ではない。
表示された本文に笑みをこぼしながら春は手ぶらのまま寮の部屋を出た。
先週は秋志が予定があって一緒に過ごせなかったが今週は金曜の今日から日曜まで泊まりにおいでと言われていた。
もう何度も通っているから着替えも置いている。
生徒会フロアへは関係者以外立ち入り禁止、とはなっているが春には秋志からもらったスペアキーがあった。
もちろんこっそりと他の生徒たちに見つからないようにしなければならないが。
同じ寮、同じ学園。いつだって同じ敷地内にいるというのに普段会うときは人目を忍んでだ。
温室で会うのも好きだがやっぱり気にせずにたくさん喋りたいし一緒にいたい。

「――やっぱ会長のほうが上ってことか」

浮足立ったまま秋志の部屋へ向かう春の耳に見知らぬ声が飛び込む。

「いやでもさ、7点差くらいだったろ」
「でも会長が来てからずっと2位じゃん」
「そういやこの前テスト結果の張り出しあったとき珍しく悔しそうにしてなかった? 副会長」
「そうそう! いつも平然としてんのにな」

どこのクラスかも知らない生徒たちが寮内にある自販機の前で笑って喋っていた。
春はギュッと眉を寄せ立ち止まっていた再び動かす。
確かにこの前行われた定期テストの結果発表で秋志は顔を曇らせていたのを春も見ていた。
だが秋志はそんなことくらいで負けたりはしない。
それに今日は自分もできるだけ励まそう。いやトキオのことなど考えないですむようにできるだけ明るく過ごそう。
春は拳を握りしめて気合を入れたのだった。


――――――
――――
―――


「はい、もういいよ」

髪からすり抜けていく秋志の指に寂しさを覚えながら「ありがとう」と乾かしてもらった髪に触れた。
秋志の部屋で夕食をとりゲームをしたりしながら風呂も入り終え、お互いに髪を乾かしあってもう時計の針は11時をさそうとしていた。
春の部屋の倍はある広さの秋志の部屋は1LDKになっている。
初めてこの部屋に来た時には驚いたものだ。

「またゲームでもする?」

学園では王子様と呼ばれている秋志だが春と同じ高校生にかわりはない。
ゲームもするし漫画も読む。自分となんらかわらないのだ、と知り合ってから気づき春は嬉しかった。

「そうだな」

ゲーム機の前に座りこんだ春の隣に秋志も腰を下ろす。
だがテレビはつけられず、どうしたのかと秋志を見れば抱きしめられた。

「……春」

肩に顔を伏せてきつく抱きしめてくる秋志に心臓の動きが早くなるのを感じながら春もそっとその背中に手を回す。
秋志と付き合うまで経験なんてまったくなかった春にももうこの後どうなるかはわかっているし、この部屋で何度も繰り返されたことだ。
だけどいつもならもうキスを交わしてるくらいなのに秋志は動かない。

「……秋志くん?」

どうしたんだろうと呼びかければ、少しの間を開けてようやく言葉が返された。

「ベッド、行こうか……」
「う、うん」

離れた秋志の表情が一瞬暗く映る。
不思議に思った瞬間には笑顔で手を引かれた。
春は気のせいか――と安堵しながらベッドルームに足を踏み入れた。



***

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