旧温室よりの校舎に入りしばらく歩いたところで秋志は空き教室を見つけ春の手をひっぱり中へと入った。
夏の放課後、もうすぐ6時だが外はまだ明るくガランとした教室の中も明るい。
秋志は掴んでいた春の腕を離すと今度はその身体を抱き寄せた。

「――ごめん、春」

呟くと腕の中の春が困惑した顔を不安げに曇らせて秋志を見つめる。

「なにが? あの、俺こそ……ごめん」

謝り返されて秋志は首を傾げた。

「……会長に知られたから」
「ああ……。春が謝ることじゃないよ。俺が悪いんだ。……きっと、つけて来たんだろう」

生徒会室を出たときに書記たちがやってきたからそのまま一緒に仕事をするのだろうと思っていたのだ。
まさか温室に現れるとは予想外で、ため息が出る。
それほどまでにトキオは自分に―――、と思考が巡ったところで春が心配そうに話しかけてきた。

「つけてって……。秋志くん、大丈夫? あの人……えっと会長って、そのやっぱり」

言い淀む春に秋志は安心させるように微笑んだ。
学園に蔓延している自分とトキオに関する噂は春ももちろん知っている。
秋志に対するトキオの"復讐"、"恨み"、そんなキーワードが春を心配にさせているのだろう。

「大丈夫だよ」

声もことさら意識して柔らかくしたが春の表情は曇ったままだ。

「本当に? 秋志くん、会長に嫌なことされてない?」

なのに、不安の色はそのままでまっすぐに秋志を見つめ春は拳を握りしめた。

「俺だって男だし、力弱いけど……。でも秋志くんが会長になにか嫌がらせとかされたら俺が許さないから……っ! 俺も一緒に会長と戦うから!!」

次第に興奮してきたのか春は上ずった声で叫んだ。
必死なその様子は真剣に秋志の身を案じていることがわかって、つい秋志は声に出して笑ってしまった。

「……どうかした? 俺、なんか変なこと」
「嬉しくて」

焦る春の言葉を最後まで聞かずに秋志は春を抱き寄せる。
あまり筋肉もついてない薄い身体。
女と違い柔らかさも膨らみもないがそれでもこうして腕の中に捕まえているだけで欲が溢れてくる。

「ありがとう、春」

秋志が囁くと春は顔を赤くして、

「本当に……俺、秋志くんの為ならなんでもするから。だから、会長に負けないで」
秋志くんにはいつだって笑っててほしいんだ、とはにかんだ。
「わかった。本当にありがとう」

眩しいくらいに感じる春の純粋さに秋志は目を細め顔を寄せる。
温室での続きというようにふたりは唇を重ね合わせた。



―――――
――――
―――


「遅い御帰宅だなぁ」

春の部屋から人目を忍び帰ってきた寮。
生徒会役員及び風紀委員には専用フロアが用意され、その部屋は一般生徒と区別されている。
エレベーターを降りた途端にかかった声は秋志の自室の前に立つトキオのものだった。
まるで帰りを待っていたとでもいうようにドアにもたれかかるトキオの目は楽しげに光っている。

「……」
「あの平凡とヤってきたのか?」

秋志はかけられる言葉に反応することなく歩を進める。
ポケットからルームカードキーを取り出す。
だがトキオがいるせいで鍵を開けることができず無言で視線を向ける。

「なぁアイツっていいのか? 平凡だけどアッチはすごいんですーとか?」

嘲りを含んだ笑いをこぼしながらトキオは目を眇め秋志の顔を覗き込む。

「興味あるなぁ」
「……退いていただけますか。部屋に入りたいので」

感情ない声にトキオは薄笑いを浮かべたまま少しだけ身体をずらした。
鍵を開け秋志が中に入ると当たり前のようにトキオも入りドアを閉める。

「アイツ、貸せよ」
「貸す?」

眉を寄せる秋志のそばへとトキオがゆっくり歩み寄る。

「お前の"恋人"なんだろ? なら、俺も喰う権利がある、だろ?」

一層秋志は眉間に深い皺を刻み、口を開きかけた。
だがそれより早くトキオが次の言葉を紡ぐ。

「神崎春――だっけ? あいつの家、俺んとこの系列会社の下請けだったわ」

同じ身長同じ顔。髪の色は違えど、すべてが同じと言っていいくらいに似ているふたり。
秋志は自分と同じ顔をしたトキオがどうしてこうも――。
「あいつんちを路頭に迷わてみようかって言ったらどうするかな。ついでに愛しの副会長さまの御父上母上も、って言ったら自分から俺のところ来るかもなぁ?」
「春に勝手なことをするな」
「だーかーら、貸せつってんだろ?」

無表情を崩した秋志にトキオは喉を鳴らしながらその肩をつかみ、力任せに壁に押し付けた。

「なぁあのゲームしようぜ? "副会長"さまがどうやっても"会長"に勝てないゲーム」
「それは」
「来週だろ? この前終わった定期テストの発表。お前が俺より上だったら神崎は諦めてやる。だが"いつも通り"に俺が上だったらあいつを喰う。いいな?」

まるで秋志の意見など求めていない。
決定事項だと声は言っている。

「馬鹿馬鹿しい」
「なら俺のダチにあいつ襲わせてマワすか?」
「春は――」
「もちろんもったいないからジョーダンだよ。あんまり副会長さまが聞き分け悪いからさぁ」

目を細めトキオは唇が触れそうなほどに秋志に顔を近づけた。

「心配すんなって。俺は優しいぜ?」

なぁ、オニーチャン。
頼むぜ、とトキオは歪んだ笑いを向け秋志の唇を噛んだ。

「ッ……」

滲む血をトキオの舌が舐めとる。
秋志はどうやっても諦めそうにないトキオに目を逸らすことしかできなかった。



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