出会いは運命?@


俺様美形養護教諭・土岐尚吾。
そいつが男子校私立宮霧学園に来て1カ月がたとうとしていた。
だけど俺は土岐をその前から知っていた。
それは土岐が赴任するほんの2週間ほど前のことだった。


―――――――

――――

―――




「おじゃましまーす!」

土曜日の昼、インターフォンが鳴った直後玄関に響いたのは元気のいい二人分の男の声だった。

「いらっしゃーい!」

大歓迎といった感じで出ていったのは俺の姉貴である日坂華。
完全に名前負けしている―――ある意味あってはいるが派手なメイクをほどこし、しかもそれが似合う美人の姉貴。
確か両親は大和撫子のような楚々とした"華"のような女の子になってほしいと名付けたらしい。
が、真逆に育つ姉貴は―――

「きゃー! 相変わらず可愛い! 朔(サク)もアリスも! 元気にしてた?!」
「はいっ! 師匠も相変わらずお美しいです!」
「やだー、アリスったら!」
「ううん、ほんと華さんはいつも綺麗だよね。会うたびに女王様度がアップしていってるもん」
「やだー、朔ったらぁ!」

ちなみに俺はリビングで雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいた。
そのため玄関で繰り広げられている会話のそれぞれの表情など見えていないわけだ。
だが朔とアリスという二人は何度か俺と姉貴だけが住むこのマンションに来たことがあって面識はある。

「ねぇねぇ、華さん。弟くんは?」
「友吾くん、僕もご挨拶したいなー」

いや、しなくても別にいい。
というか来るな。
決して俺は聞き耳を立てているわけじゃない。
奴らの声が無駄にでかいだけだ。
特に興味あるわけでもない雑誌はメンズファッション誌だ。
姉貴が買ってきて置いている。
それは俺のためなんかじゃなく―――。

「こんにちは。お邪魔しますー」
「こんにちはー」

リビングのドアが開いて、さっきまで玄関先にあった声が俺のほうへと響いてきた。
さすがに無視するほどの常識なしではないので顔をあげて会釈する。

「こんにちわ」

特に笑顔を浮かべるでもなく無愛想に告げた俺の視線のさきには、俺と同い年くらいの男ふたりと姉貴。
栗色のふわふわした髪とくりくりとした大きな目。女と間違えるほどかわいらしい容姿をした朔こと速水朔兎(ハヤミサクト)。
朔兎よりは平凡だけどもそれなりに顔立ちが整っていて小型犬のような雰囲気を全身にまとわりつかせているアリスこと有栖川斗和(アリスガワトワ)。
ちなみに朔兎が俺とタメである高校二年でアリスが高校三年。
いずれも学校は別々だ。
ふたりはキラキラした目で俺を見ている。

「……ごゆっくり」

それだけ言って俺は雑誌へと再び視線を落とした。

「さ。部屋に行きましょう」
「「はーい」」

まるで幼稚園児の引率な姉貴の声がしてリビングのドアが再び閉まる音。
それとともにたった一枚のドアを隔てて騒がしくなる。

「相変わらず友吾くん可愛いー! もう僕の弟だったらいいのにー! あのクールさがたまんない!」
「本当に弟くんはいつ見てもいいよね。アリスのいうとおりクールさに毎回磨きがかかってるし。実はツンデレでもいいけど友吾くんにはクールさを貫いて総攻めになってほしいなぁ」
「うんうん! 僕もそう思うー! 総攻めいいよねー! バリタチたちをあのクールさでにゃんにゃんネコちゃんに落としてほしいなー」
「そうねぇ。でもああいうクール気どりをねじ伏せるのがいいんじゃないの? やっぱり鬼畜攻めで―――」
「きゃー! 師匠ったら!」
「華さん、弟くんにも容赦ないね」
「それいうなら朔だってお兄さん相手の腐妄想爆発しすぎでしょ」
「まぁねー。兄ってからかいがいあるからねー。この前もさー、ちょっと生クリームプレイと尿道攻め組み合わせの―――」
「……」

とっとと部屋に行けばいいのにリビングの前で立ち止まったままヒートアップしていく会話。
俺は深いため息をつくと雑誌を置きキッチンに向かった。
三人分の飲み物(あいつらは精神的に落ちついたほうがいいともうのでカモミールティーにする)を淹れ、お茶受けを用意しトレイに乗せる。
そして相変わらず喋りっぱなしのやつらがいる廊下へと続くリビングのドアを開けた。

「これ、どうぞ」

立ち話中の三人に向けてトレイを差し出す。

「「「ありがとう」」」

三人は笑顔でそれを受け取り、ようやく自室へと移動して行った。
喧騒が遠のいてホッとしてリビングのソファに戻る。
本当なら来客なんだしリビングがいいように思えるが、さまざまな"グッズ"は姉貴の部屋にあるためにあいつらが集まるときは決まって姉貴の部屋で騒いでいる。
それにもとは3LDKのこのマンションは二間潰して一部屋にしている2LDKで、姉貴の部屋はリビング以上に広いから男二人はいたって狭くもない。
いやそもそもあのふたりは背も俺より低いし小柄だし、暑苦しさはないだろうけど。
まぁでも別の意味の暑苦しさはある。
10歳差の姉貴のおかげで耐性はとっくに出来ているから全然いいんだけれど、実際暑苦しい。
今年27になる姉貴は化粧品会社で働く一般的には出来る女。
だがその実態は―――、

「ねー、友吾。あとでもう一人くるから。来たら部屋に案内してあげて。それと『わんこご主人様』見なかった?」
「……」

リビングへとまたやってきた姉貴に、ファッション誌に紛れ置いてあった薄い本を取り渡す。

「サンキュ」

颯爽と去っていく姉貴は―――腐女子、というものであり、そしてさっきの高校生男子ふたりはネットを通じて知り合ったそうな腐男子というもので。

「……」

俺には関係ない人種だ、とコーヒーをゆっくりと啜った。





そしてそれから30分後、インターフォンが鳴る。

『あの、日坂華さんいらっしゃいますか』

オートロック式の玄関。
来訪者を映しだした液晶には黒ぶち眼鏡にアフロヘアーのような不審者がいた。

「…………はい。いま開けます」

キー解除する。
もう一人来る、と言っていたからきっとコイツだろう。
不審者ではある。
が、姉貴を含めすべてが不審者と言えばそうだ。
それでも早まっただろうかと立ちつくしているとほどなくして今度は玄関のインターフォンが鳴る。
俺は案内するよう保護者である姉貴に言われていたので仕方なく玄関に向かい、ドアを開けた。

「……」
「……」
「……どうぞ。姉は部屋にいますので」

俺より長身の不審者が俺を見て固まっている。
同じく俺も固まりそうになったけどなんとか声をだした。

「あ、ありがとうございます」

明らかに年上だろう不審者はそれでも姉貴よりは年下のようだった。
しかしものすごく不審者。
カツラっぽいアフロに分厚い瓶底メガネ(けど度は入ってなさそうな伊達)で、服装は……ジャージ。
顔立ちは悪くないと思う。
眼鏡と無駄にでかいカツラのせいではっきりとはわからないけど、顎のラインとかシャープだし、体格も鍛えてそうだった。
それに不審者だけど常識は持ち合わせているらしい。
恐縮しながら手土産を渡され、俺はそいつを姉貴の部屋へと案内した。
背中にちくちく視線が突き刺さってきたけど無視。
そして―――

「きゃー! どうしたのよ、尚吾! その格好!!」
「もしかして黒まりも!?」
「王道転校生ktkr!って、尚吾もう25だよねー!」
「いやー! 師匠のお宅に及ばれだからちょっと張り切ってコスプレっていうの? してみたんだよー!」
「まじでウケるー!」
「このカツラどこで買ったのー!?」
「あ、ねぇねぇ、師匠! さっきの弟くん!? めちゃくちゃイケメンじゃねー!?」
「えー! もしかして尚吾くん、友吾くんに一目ぼれ!?」
「きゃー!」
「……」

姉貴の部屋のドアを閉じた途端にぎゃあぎゃあ騒がしく響いてきた声に、俺は頭痛を感じながらリビングへと戻った。



そう、これが俺の学校へとやってくることになる土岐尚吾とのファーストコンタクト、だった。




*つづく*

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