夢の先で。


君は知らないだろう。


***



高野瀬明は同じ夢を何度も見ていた。
幼いころはぼんやりとして輪郭をなしていなかった夢は歳を重ねていくたびにはっきりとしていき、いくつもの光景を見せた。
それは一様に銃を持った男に殺されるというものだ。
姿かたちが変わっても殺されるのが自分で、銃を持った男が同じ男だというのが何故だかわかった。
それがただの夢なのかわからない。それでもずっと見続ける夢に明にとってはその男が死神にしか思えなかった。
いつか、あの男に殺されるのか。
そう―――
「……く、そ……イテェ……」
思っていたのに。
冷気まとう夜、明は地面に倒れていた。
背中には痺れるような痛みを越した熱が宿り全身を重くさせている。自分から流れ出ていっているものに服が濡れていくのを感じるが明にはどうしようもなかった。
「……ただの……夢……かよ」
空に浮かぶ月は煌々と輝いている。雲ひとつない夜空。都会ではない田舎であればきっとたくさんの星が見えただろう。
は、と明は息を吐いた。
死神に殺されるのだと何故か信じ切っていたのに蓋を開けてみれば因果応報。これまで明が好き勝手に生きてきたことへのしっぺ返しか、つい先日喧嘩を吹っ掛けたチンピラに後から刺されてこの現状。
しかもかなり深く刺されたらしく動けないどころか確実にこのまま終わってしまうだろうことがわかった。
「煙草……」
ポケットから取り出そうとするが震える手ではうまくいかず舌打ちする。
そうするうちにもどんどんと目の前が霞んでいく。
「寒くなりましたね」
ああ、このまま終わるのか。
深いため息を内心吐き出していた明の耳に突然その声は響いた。
意識がもうろうとしていたからなのか、傍らに人が来たことなどまったく気がつかなかった。
それとも、
「……俺を……殺しに来たのか……死神……」
死神だから、足音さえもなかったのだろうか?
重く落ちかけていた瞼を持ち上げ見れば銃を片手に立つ男がひとりいた。
歳の頃は22歳の明よりも少し上のように見える落ちついた男だ。
紛れもなく―――いつも明が夢に見ていた男だった。
「思い出してくれてるんですね」
死神のくせに綺麗な笑みだな、と目を眇めた。
とても人なんて殺しそうになさそうな優男。
だが銃を持つ姿は不思議と違和感がない。
思い出して。
それが何を指すのか。
死神は知っているのだろうか。明が何度も見た夢の続きを、もしくはそれよりも前を。
笑おうとして喉がつまり引き攣ったような音だけがこぼれる。
「ずっと……ずっと……夢で見て、た……から……な………殺される、の……を」
何度も、何回も。
前世なのか、どうなのか。知る由もない。だが間違いなくこの男に自分は殺され続けている。
それは確信だった。
「そうですか」
優しい、そして愛おしいものでも見るかのような眼差しをした男が唇だけを続けて動かす。
音のない言葉を読みとれるほどの意識を明は保ててない。
ただぼんやりと男を見ていた。
「私もずっと夢で見ていましたよ。こうして貴方を殺す夢を」
殺すのならもっと早くにくればいいのに。
こうして虫の息となった状態では交わせる言葉も多くない。
死神に訊きたいことがたくさんあったというのに。
「死……神……名……は……」
どんどんと視界が暗くなっていく気がする。
閉ざされていく世界。その中で必死に明は言葉を紡いだ。
「八季。花白八季です」
綺麗な名前だな、と思った。
やつき、と名を呟こうとするが、
「駄目ですよ。あまり喋っては」
そう制された。
それでも訊きたかった。
「……お……、……え……」
必至で唇を動かすも言葉とならない。
舌打ちしたくて、だがそれさえもできない。
ああ、くそ。
内心毒づく明の傍に八季は膝をついた。
「高野瀬明、さん」
不意に名前を呼ばれた。
―――俺の名を知っているか。
明の問いかけを察したのかたまたまなのか。それでも訊きたかった答えを八季はくれ、そして銃が押しあてられた。
その感触を遠い世界のことのように感じる。
「明さん。貴方の命は私がもらいますよ」
静かに八季が言い、明は笑った。
知ってる、と笑った。
次いで明の身体を衝撃が襲った。
同時に―――知った。
絶命の瞬間、最期に見た八季の泣きそうな顔。






ああ、ごめんね。

またこうして先に逝ってしまう。
君を残して逝ってしまう。

ごめんね。

また最期の瞬間にしか思い出せなかった僕を許してくれるかな。
何度も殺される夢を見て、殺される夢なのに、なぜか殺しに来る君に会いたくて。

道を外して恨まれるようなことをすれば殺しにきてもらえるのかとバカげたことをして。

ごめんね。いつだって僕は最期にしか思い出せない。
でも、ずっと会いたかったよ。
ほんのわずかな時間でも。
それでも嬉しかったよ。
最期を君の手で終わらせてもらえて。


次は―――覚えていますように。
次こそは、僕が君を見つけ出すよ。

この永遠に終わらない呪いの中で、きっと。

だから、また。


愛してるよ―――"  "。



【END】

いつか、きっと
 
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