いつか、きっと


綺麗な月夜だった。
雲のない夜空には月が煌々と輝いている。都会ではない田舎であればきっとたくさんの星が見えただろう。
ほう、と八季(ヤツキ)は息を吐いた。
まだ息は白くはならないが夜の空気は冷え冷えとしていてもう間近まで濃い冬が来ているのがわかる。
「寒くなりましたね」
言いながら八季は手に持っていた銃の安全装置を解除した。
独り言のような八季の声に足元に横たわる男が瞼を震えさせ見上げる。
「……俺を……殺しに来たのか……死神……」
その声に覇気はなくか細いものだ。漏れる息も細く、横たわる男の周りには血だまりができていた。
どうやっても、助からない。八季がきたのは今しがたで、すでに男は虫の息だった。
八季が手を下すまでもなく男は死に至る。
「思い出してくれてるんですね」
笑う八季に男は喉を引きつらせ笑う。途端に咳き込み血が溢れた。
「ずっと……ずっと……夢で見て、た……から……な………殺される、の……を」
「そうですか」
八季は、いつもと同じように、と音なく唇を動かした。
「私もずっと夢で見ていましたよ。こうして貴方を殺す夢を」
今の貴方だけでなく、その前の貴方も。そしてさらにその前の貴方も。
貴方はどうですか?
八季は聞きたかったが今この状況で聞けば、あの瞬間を早めるだけなので口を閉じた。
眠たそうに焦点のあわない瞳を揺らし、男が呟く。
「死……神……名……は……」
「八季。花白八季です」
ふうん、と男は震える吐息をつきまた口を開こうとする。
「駄目ですよ。あまり喋っては」
短い時間がさらに短くなる。男の命はまさしく風前の灯でいつ消えてもおかしくなかった。
「……お……、……え……」
それでも男は唇を動かした。言葉は聞き取れないほどのものでしかなかったが八季は目を細めて膝を折った。
男の血で濡れたアスファルトに躊躇いなく膝をつく。
「高野瀬明、さん」
今生の、男の名前。最初で最後だろう。この名を呼ぶのは。
八季は微笑みながら明の心臓の位置に銃を押しあてた。
もう終わりは近い。
「明さん。貴方の命は私がもらいますよ」
このままこと切れてしまうのは許されない。
八季の声に明の目が一瞬光を甦らせ、笑った―――ように見えた。
そして八季は引き金を引いた。
消えかけていた命。その最後の幕引きくらい、最期くらいは自分の手で。
結局は―――。
「断ち切れなかったね。また今生も」
こうなってしまう。
何度も夢に見たこの光景。何度繰り返したろうか、この光景を。
時代を超え、何度生まれ変わり、何度彼の最期を看取っただろう。

"愛する者の命をその手で奪う、奪われる"

それは"あの時"八季と、そして明にかけられた呪いだった。
もう何百と言える年を越えての呪い。
「明、君は俺のことを覚えていたのかな。死神でしかなかったのかな?」
どうやっても呪いは解けない。
用意されたように八季は必ず人の命を奪う立場になるような生い立ちとなってしまう。
前世の記憶を持ったまま、何度も愛する人を殺す。
今生の相手だけは会うまではそうと知れないのだ。
いつだって探す、殺さないように、この呪いに抗うように生きようとするのに、予定されていた呪いは必ず発動する。
「次は、必ず君を助けるよ」
真実、八季が彼を殺したのは最初の一度だけだった。
そのあとはいつも今生と同じように死を目前にした彼と再会を果たし眠りへと導くだけ。
せめて最後に、と引き金を引いてしまうのは自分もまた歪んでいる証拠だろうか。
と、八季は苦笑する。
だけれど本当に、来世こそは呪いを解くのだ。
彼を救うのだ。
八季は愛しむようにそっと明の頬を撫で口づけを落とした。
そして八季もまた明がすでに向かっただろう来世へと旅立つ。
明るい月夜にまたひとつ銃声が上がった。



―――君は、知らない。了

→【夢の先で。
 
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