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その4


「こ、これは……!?」
 ハンガー裏手、校庭の一部を利用して進められている3番機の改造作業は、速水と舞を驚愕させるにたるものだった。
 右腕のガトリング砲は同じだが、背部に背負っているミサイルポッドからはありとあらゆる部品と弾倉が外されて、その中にガトリング砲の20mm弾用のケースが詰め込まれている。ミサイルポッドの両脇と左腕には対空ミサイルが合計7発(左腕3発、背中4発)取り付けられていた。
 しかし、最も目を引いたのは、腰のところに取り付けられたロックからずんと後方に伸びている2本の巨大な円筒形の物体だろう。それらは平行になるようにして、あちこちに強化材を取り付けられながら、10m以上あるその胴体を3番機の後方へと伸ばしていた。
「ロケット……?」
「うむ、それもただのロケットではないな。これは……弾道弾ではないか?」
 舞が断言するように言った。
「へえ、よく分かりましたね」
 高村が感心したように答える。どうやら瀬崎と説明役を交代したらしい。
「軍の装備には一通り目を通しているからな……。私の記憶が正しければ、航空自衛軍の中距離弾道弾のはずだが?」
「その通りです。今回の作戦のために松代の独立第1弾道弾連隊から拝借してきました。ロシアのRSD−10”セイバー”(SS−20の方が通りがいいですかね?)を改良した”武神一型”です。こいつの第1段ブースターを使用しました」
「もしかして、こいつを空に飛ばそうと考えているのか?」
 舞が疑わしげに高村に訊ねる。
「そうです……。はっきり言ってしまえば『囮』です。できるだけ派手に飛んで連中を引き付けてもらいます」
 高村は言いにくそうに、しかしはっきりと告げた。一番危険なところを背負わすからには納得は出来なくとも理解はしてもらいたい、そう思ったからである。
 その言葉を聞いた瞬間、壬生屋は嫌な顔をした。誰だってあからさまにそんなことを言われたらいい気分はしまい。
 しかし、次の言葉が高村を驚かせた。
「ふむ、面白い。いいだろう」
「あの……ほんとうにいいんですか?」
 思わず高村が聞き返すが、
「何を驚いておる。私は芝村だ。我らが戦いに参加するからには最も厳しい所を受け持つが我らがつとめ、我らが世界に対し好き勝手をするに支払う代償にすぎん」
 と言い放った。その瞳には微塵の迷いもない。
 高村は呆然としていたが、
「はあ、まあ、そういうものなんですか……」
 とうやむやに自分を納得させるしかなかった。
「厚志、そなたはどうする?」
 舞が速水を見据えながら問うた。速水はいつものぽややんな笑みを浮かべていたが、目には「芝村的な」と良く言われる光を放っていた。
「今更置いていくなんて話は無しだよ。もちろん付き合うよ」
「ふ、聞くまでもなかったな……」
 そっけない物言いだったが、舞の口元はほころんでいた。
 その言葉を聞いた途端、2人以外のメンバーは額を押さえていた。
「そういうのって、のろけって言うんだぜ……」
 佐藤が呟いた一言が皆の気持ちを雄弁に表しているといえた。
 もちろん2人には聞こえちゃいなかったが。

 全ての準備は夜明けまでかかって完了した。

 ちなみに2番機パイロットである岩田は士魂号にこっそり自爆装置をつけようとしたとかで、簀巻きにされて屋上に吊るされていた。

   ***

 4月28日(水)07:30。
 幻獣が出現しなかったのを幸い、昨日1日を大雑把な慣熟訓練に充て、わずかなりともシステムに慣熟することが出来た一同は、いよいよ来るべき作戦開始に向けて張りつめゆく空気とともに過ごしていた。朝の素晴らしい空気も慰めにはならないようだ。
 作戦を開始するにあたって、ラインオフィサー及び自衛軍メンバーが会議室に集められて最後の打ち合わせを行なっている。
「……我が軍の戦力は以下の通りです。そこで、我が小隊としてはここ――球磨戦区に布陣し、ファントムの出現を待ちます」
「その戦区を選択した理由は?」
 田中が手を上げて質問した。
「この戦区は全戦区のなかでも最も人類側有利な地域です。ファントムの行動パターン解析に基づき、もっとも有利な戦区に(口はばったいですが)学兵の中でも最強の我が小隊が加わることで、ファントムの出現確率が非常に高くなるものと判断しました」
 善行の説明に、田中は深く頷いた。ゆったりと腰掛けなおす。
「1番機及び2番機は遮蔽物に隠れつつ待機。スカウトはその両翼に各々展開します(もちろん対空装備です)3番機は……」
 速水と舞が顔を上げる。2人ともシミュレーターでの特訓でほとんど眠っておらず憔悴した雰囲気はあったが、その眼光にはいささかの衰えもなかった。
「3番機は戦区外縁部に待機、ファントムの出現と同時に発進、これを引き付けて下さい。計算では約2分で戦区に到着できるはずです。ただし、継続飛行時間は15分との事ですからタイムリミットには十分注意するように」
 2人が頷く。現実問題として、それ以上は体がもたないだろう。
「そこで、自衛軍の方の配置ですが……?」
「俺達は隣接戦区で待機する。ファントムが出現すればそれでよし、もし出現しなくても隣接戦区は幻獣優勢の激戦区だから、結構な打撃を与えられるはずだ」
 瀬崎が足を組んだ、いささかだらけた格好で腰掛けながら回答した。どちらに転んでも人類側の損にはならないだろう。
「ファントム出現と同時に3番機の援護を行なう。こちらの到着は約5分というところだな。つまり、最低3分は敵の眼を引き付けておいてもらわなけりゃならん。すまないが、頼む」
 瀬崎の後をついで佐藤がそう言うと、速水たちに向けて深々と一礼した。
 速水はにっこりと、舞は当然と言ったふうに頷いた。
「最善を尽くします。でも、早く来て下さいね」
 速水の言葉に一同思わず失笑したが、もし間に合わなければ恐らく彼らはひとたまりもない。自衛軍パイロット達の責任は重大だった。
(分かってる、絶対に死なせやしない)
 佐藤は、口に出さずにそう呟いた。その拳は硬く握り締められている。
「他に何か質問は? ……作戦開始は本日13:00です。各員時間合わせ」
 それぞれ己の多目的結晶並びに時計の調整に入る。善行が時刻を読み上げた。
「現在7時59分30秒……。3、2、1、合わせ!」
『合わせ!』
 全員の時計が合わされた。
「解散」

 校門の前に小型トラック(民間でいうランクル)が2台止まっていた。その前に熊本基地に向かうパイロットと整備員の一部が整列している。
「それじゃあ、俺達は基地に戻る。次は戦場でな」
 そう言いながら、瀬崎は実に色気のある敬礼をした。5121小隊のメンバーも答礼を返す。
 と、他の整備員達に押されるようにして、田辺が前に出てくる。とととっと前に出てきた田辺は、そのままパイロット達の前まで進んでくると何かを差し出した。
「?」
 田辺の手の中には、4つのてるてる坊主があった。
「あ、あのっ、皆さんパイロットの方々ですから、お、お天気は晴れていた方がいいと思って……。こ、これ、私の手作りですけどよく効くんですよ。あの、どうぞ」
 田辺はてるてる坊主を突き出すようにして差し出すと、そのままの格好で硬直していた。5121小隊のメンバーは後ろで謹厳な表情を作ろうとして少々失敗している。
 一瞬あっけにとられたパイロット達だが、やがてみんなにっこりと破顔した。
「ありがとう。最高の贈り物だよ」
 そういうと、瀬崎はてるてる坊主を1つ取り、田辺に笑って見せた。
「はっ、はいっ!」
 田辺はにっこりと笑うと、残りを他の3人に渡し始めた。
「高村さん、どうぞ」
「ああ、ありがとうございます。嬉しいなあ……、コックピットにつけときますよ」
 高村は茶目っ気たっぷりに小さく敬礼してみせる。
 そのあと、田辺は佐藤の前にやってきた。
「佐藤さん、あの……」
「ああ、ありがとうよ。いつも晴れなら心強いってもんさ」
 佐藤は苦笑しながらも、手を差し出した。
 佐藤の手がてるてる坊主に触れた瞬間、田辺はあっと小さく声を漏らした。
「ん? どうしたんだ?」
 怪訝な顔をする佐藤。
「いっ、いえっ。何でもありません。……どうぞ、ご無事で」
「……? ああ、もちろんさ。俺はそう簡単にはくたばらないよ」
 あまりに田辺が不安そうな顔をしているので多分に安心させる意味もあったのだろうが、佐藤はことさら陽気な口調でそういってみせた。
「そう、そうですよね」
 ようやく笑顔を取り戻し、残る吉沢にもてるてる坊主を手渡した田辺は1歩下がると敬礼をした。パイロット達が一斉に答礼する。
 やがて、彼らは小型トラックに分乗して尚絅高校を後にした。残ったメンバーは三々五々散っていったが、田辺はまだ立ち去りがたいようにそこに佇んでいた。
 あれは一体何だったんだろうか?
 ――幻獣、回避、空港、退却、叫び、輸送機、戦闘、ミサイル……、そして、爆散。
(まさかね……。私の思い過ごしよね……)
 だが、その瞳は深い憂色に染まっていた。

 田辺はその答を後日知ることになる。

   ***

「出撃」
 善行の静かな声とともに、5121小隊の車両群が動き始めた。ただいつもと違い、最後尾に超大型トレーラーが圧倒的な質量に似合わぬ粛々とした姿勢で隊列に付き従っている。荷台のやや後方には3番機が両手でしがみつくようにして搭載され、車体に乗りきらずはみ出たブースターは補助輪(航空機用の主脚を無理矢理くっつけたもの)に支えられていた。
「あれで本当に大丈夫なの?」
 超大型トレーラーのさらに後方についた自衛軍仕様の補給車の中で、原は不安そうに呟いた。一緒に搭乗した3番機整備員のメンバーも思いは同じだろう。
「あの車輪はウチの主力戦闘機のやつですから、30t以上の荷重に耐えられます。ブースター2基でも20tないですから、大丈夫でしょう」
 運転しながらハウザーが答える。主脚の整備・装着をしたのは彼自身だから相当の自信があるらしい。
 原は嘆息しながら前方の巨大な「丸太」を眺めやった。あれが3番機を天空のはるかな高みまで否応なく押し上げてしまう。
 ――多少ぶっ壊してもいいから、ちゃんと生きて帰ってきなさいよ……。
 言葉には出さずにそう呟く。
 やがて、トレーラーと補給車は本隊と分かれ、益城熊本空港ICから九州自動車道に入るべく県道38号線を一路進み始めた。

   ***

 九州自動車道、八代ICから北東へ約3kmの地点。
 軍の緊急道路に指定されているこの高速道路上には、今のところ彼ら以外に誰もいなかった。
 トレーラーから降りた3番機は、道路上にその勇姿をそびえ立たせている。背後のブースターに至っては、いっそ禍々しいといったほうがいいような雰囲気をたたえていた。
 ――補助輪がかなり間の抜けた印象を与えてはいたが。
 整備員達が最終チェックに余念がない頃、速水たちは発進手順の確認のため補給車に集まっていた。テーブルが広げられたそこには、このあたりの地図が広げられていた。
「私たちの現在位置はここ。ここから先約2kmはほとんどカーブもなく、高速道路だけに起伏もあまりないから、滑走路としては最適でしょう。3番機はここから発進します」
 原が手順を説明するのを、みな真剣な面持ちで聞いている。
「補給車はここから約500m後退し、噴射炎を避けると共に万一の場合に備えて待機します」
 もし”万一”の事態が起こったら、備えるのは2人の葬式でしょうけどね。冗談じゃないわ。
 原はかすかに眉をしかめ、説明を続ける。
「計算によれば、点火してから1kmも走れば上昇できるはずよ。点火と同時に全力疾走。上昇のタイミングはシミュレータで確認した通り。いいわね?」
 2人が黙って頷く。
「最終チェック完了。異常ありません!」
 森がチェックボードを抱えたまま駆け込んできて報告した。原とハウザーがゆっくりと頷きあう。
「ならば、始めましょうか。幸運を」
 皆が一斉に敬礼した。
 いつもと違い、ラッタルを使ってどうにかこうにかコックピット内に潜り込んだ2人は身体を固定すると、内部の最終チェックを始めた。
「神経反射、反応速度異常なし。操縦系異常なし。人工血液流量規定内。センサーならびにレーダー異常なし……オールグリーン」
 全ての計器は通常値を示している。速水はかすかに安堵した。これから桁外れに無茶なことをやろうというのだから、こんなところでつまづいてはたまらない。
「こっちは異常なし。舞、そっちはどう?」
「少し待て」
 あちこちキーを叩きながら舞が答える。今回の改造ではほとんどが舞の分担に関する部分だったので、チェックもいつもの通りというわけにもいかなかった。
「ガトリング砲異常なし、左腕ならびに後部ミサイルセルフチェック完了。……ブースター内センサー異常認めず、点火機構チェック。ノズル制御異常なし……。いいぞ、厚志」
 ようやくチェックを終えたらしい舞が顔を上げた。その表情はどこか硬い。
「舞、どこか心配なところでもあるの?」
「何しろ全てが即席だからな。心配し始めればキリがないが……、まあよい。囮の役だけは果たせるぐらいには飛ばしてみせる。そのかわりトリガーはすべてそちらに任せたぞ」
 本来、このブースターはもとが中距離弾道弾だけに弾道軌道を描くための能力しかもっていない。そこで、空中で方向転換をするためにはブースターのバランスをわざと崩すしかないのだ。方向操作そのものは速水が行なうのだが、その間のバランス調整は全て舞が行なわなければならない。その労力は通常の数倍ではきかないだろう。
 そのような状態で射撃管制までできるはずもなく、結局照準こそ舞がやるものの、最終調整と射撃は速水というように分担が一部変更されている。
「うん、分かった。……舞にばっかり面倒なことをやらせてごめんね」
「気にするでない。もともと私が言い出したことだ。……とはいえ」
 舞はちょっと言葉を切って、また続ける。
「わが身を案じてくれたことに感謝を。厚志よ」
「当然でしょ? 大事なカダヤのことなんだから」
 ぬけぬけと速水がいうと、舞は赤くなりながらためらいがちに微笑んだ。
 嵐の前の静かな一時が流れる。
「緊急警報、緊急警報! 球磨戦区に幻獣実体化反応あり! ……連絡より早い!」
 切迫した調子の警報が、2人を現実に引き戻した。
「5121小隊本隊は戦区に展開完了。幻獣実体化まで後20分……」
「航空自衛軍、隣接戦区に展開完了!」
「ファントムの反応は?」
 落ち着いた声で舞が訊ねると、ほどなくして瀬戸口から直接通信が入る。
『今のところ戦区上空にはないな。ただし、自衛軍のレーダーサイトが有明海上空に不審な機影を確認している。それと、地上の幻獣は大した戦力じゃない。ほとんどが小型幻獣のようだ』
『整備班長、3番機は準備は完了しましたか?』
 瀬戸口の報告に割り込むように善行の声が入ってきた。
「いつでも出撃できます」原が答える。
『よろしい。頼みましたよ』
 通信が切れる。
「速水君、芝村さん、聞いたわね? 3番機即時発進用意!」
『了解!』
 2人の声がきれいにハモった。
 点火機構の予備スイッチが入れられた。同時に士魂号がスタンディングスタートのような姿勢をとる。
「準備、よし!」
「整備員、退避完了!」森からも報告が入る。
『来たっ! レーダーに反応あり、高速飛行物体接近中。真方位3−5−4、高度7500メ、いや……』
『たかちゃん、それはめーとるじゃなくてふぃーとなのよ』
『あ……す、すまん』
 頭をかく気配。やはりなかなか慣れないものらしい。
『ということはメートルで約2500か……なんだよ、こちらに打つ手がないと舐めてやがる。機数……!!』
「どうした瀬戸口! しっかり報告せんか!」
 舞が叫ぶ。
『機数2、3、5……なおも増加中!推定8ないし10機だ!』
「!!」
 予想をはるかに超える機数に、一瞬誰もが言葉を失う。
 だが、3番機の2人だけは違った。
「了解、3番機発進! ブースター・オン!」
「ブースター・オン!」
 速水の指示に舞が素早く反応する。
 舞はブースターの点火スイッチを押した。
 スイッチによる電気信号は配線を正確に伝わり、固体燃料の点火システムに到着。点火システムはその本体を本来あるべき場所へと導くべく、己の役割を果たした。
(つづく)


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