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その2


 ここで少し時系列をさかのぼる。

   ***

 幻獣機に掃射を受けた滝川は、とっさの判断で右にひねりこんだのだが、さすがにヘリの旋回性では避けきる事はできなかった。次々に機体に弾痕が穿たれる。
 いきなり焼け火箸を突き刺されたような痛みが左腕を貫いた。
「ぐわっ!!」
『滝川っ!!』レシーバーに速水の絶叫がこだまする。
『滝川、応答して! 滝川!!』
「……だ、大丈夫だ。大した事はねえ……」
 自分でも情けないほど苦しげな声だ。左腕が焼けつくように痛い。
 それ以上に彼の愛機はガタガタになっていた。
「それよりも……、操縦系統がボロボロだ。出力があがらねぇ……」
 スロットルをいくら開いても出力はせいぜい60%といったところか。ローター音が一定しない。操縦桿も何かフワフワするような非常に頼りない感触だ。
 なんとか撤退ラインまで飛ばさなければ。しかし針路が全く安定しない。
『滝川、火が出てるぞ!』
 突然瀬戸口が割り込んできた。
 ――何だって?
 確かに計器盤はワーニングランプのオンパレードだ。バックミラーではよく分からないが、煙も曳いているらしい。
 視界の隅に、さっきの幻獣機が見えた。攻撃体勢に入っているらしい。
 ――くそっ! こんなところで……。
 すると、突然火線が幻獣機の前を横切り、幻獣機がわずかに針路を変える。見ると、3番機が幻獣機に向けて全力射撃を行っていた。
 ――速水、サンキュー……。
 ともかくこの場は一刻も早く撤退する事だ。再び針路をとり直す。
 しかし、いくら頑張ってみても滝川は頭が重くてどうしようもなかった。それに不思議な事にさっきから左腕の痛みが消えている。
 不思議に思って視線を落とすと、左腕はほとんどちぎれかけていた。傷口からは弾けかけた筋肉が醜く盛り上がっている。コックピットの中はとうに血まみれだ。
 ――ああ、麻痺しちまったんだな……。
 妙に冷静に傷を判断する。だが既に正常な意識は失いかけていた。
『……! ……川、応答……! おい!』
 だれかが怒鳴っているような気もするが、一体誰だろう?
 ――うるせえなあ、まったく……。
『……おい、滝川! 聞こえないのか、操縦桿を引け! 死にたいのか!? 滝川っ!!』
 突然、瀬戸口の声がレシーバー中に響き渡る。さっきからずっと怒鳴りつづけだったらしい。
「え……? ……!!」
 ようやく意識の戻った滝川が見たものは、急速に近づいてくる地面だった……。

   ***

 激突する寸前にとっさに操縦桿を引いたおかげで完全な墜落は免れたものの、「きたかぜ2B」はスクラップにした方がいいような破損ぶりだった。辛うじて自動消火装置の作動した機体から、若宮に引きずり出されるようにして救助された滝川自身も負けず劣らずのスクラップ寸前と言った具合である。
 直ちに病院に運ばれたが、現在意識不明の重態であるという。

   ***

「そうですか……」
「速水千翼長、一旦立て直しをはかります。あなたはすぐ帰還しなさい」
「……了解しました」
 3番機は静かに戦場を後にした。
 幻獣はどうにか撤退に追い込んだものの、小隊の損害は甚大なものだった。
 真っ先に被弾した滝川の「きたかぜ2B」は大破の判定。調査の結果、飛行は不可能ではないが、いかんせん被弾個所が多すぎた。滝川自身は現在入院中。
 このほか、全士魂号が中・大破。整備員達の必死の努力が続けられているが少なくとも明日の夜までは出撃できそうにない。
 また、近くにいた友軍にも同様の攻撃が行われており、戦死者も出たということだ。
 小隊では急遽対策会議が開かれた。全員が沈痛な面持ちだ。
「……現在までに判明しているところでは、この戦闘機型の幻獣――通称『ファントム・ファイター』と呼ばれているそうです――は、去年の八代平原の戦いで出現したものとほぼ同じものだということです。ベースは航空自衛軍や旧ロシア軍の機体が主で、機首のガトリング砲と生体ミサイルが主武装です」
 善行の説明が続く。
「最大の問題点は、我々には有効な対空火器が少ないということです。士魂号でもある程度の対空戦闘は可能ですが、せいぜいきたかぜゾンビやスキュラといった低速度で移動する幻獣に限られます」
「私たちの40mm高射機関砲や多目的ミサイルぐらいですか……」
 むっつりとした表情のまま、若宮が呟く。このまま行けばウォードレスで戦闘機とバトルというなんとも楽しからざる未来図が見えたようだ。
「あとは3番機ね。あれのプログラムを変更すればある程度は対応できると思うけど……問題は射程ね」
 原の言っているのは『ジャベリン改』の対空ミサイル化だが、本来近接攻撃用のミサイルだからあきれるほど射程が短いし、速度も遅い。これまた「拳の届くような距離でのどつきあい」になるだろう。
「援護はないんですか?」
 パイロットを代表して速水が質問する。
「準竜師経由で空自にも要請を出していますが、今のところは返事がありません。当面援護は期待できないものと考えるべきでしょう」
 予想していたこととはいえ、皆から一斉に失望のため息が漏れる。
 ともかくスカウトを中心に対空火器を装備するということで会議は終了した。
 これからのことを考えると、みなの心は暗澹とせざるを得なかった。

 会議終了後、滝川の様子を見に、パイロット達3人は熊本総合病院へと向かった。
 病室は教えてくれたものの、ドアの前には「面会謝絶」のプレートが下げられている。
「そんなにひどいんでしょうか……」
 壬生屋が憂色もあらわに呟く。
「若宮の話だと、左腕手ひどくやられていたそうだ。出血もひどかったそうだから無理もなかろう」
「とにかく会ってみないと様子もわからないな……。”面会謝絶”ってあるけど、ちょっと覗くぐらいいいよね」
 そう言いながら速水がドアを開けようとしたとき、
「何やっているんですか、あなた達!」
 突然の声に3人とも凍りつく。
 声のした方を振り向いてみると、そこには20歳ぐらいの、ショートカットの看護婦が立っていた。
 それなりに整った顔立ちは魅力的と称しても差し支えないが、今は形の良い眉を吊り上げて速水達の方を睨みつけている。
「って、あれ……? ヤダ、速水さんじゃないですかあ。それに芝村さんと壬生屋さん……、でしたっけ?どうしたんです?こんなトコで」
 看護婦の表情がたちまち柔らかくなる。逆に舞の表情がかすかに引きつってきたような気もする。
「ああ、犀川さん。その節はどうも……。いや、滝川の様子を見に来たんですけど」
 看護婦――犀川瑠璃(さいがわ るり)は、かつて舞が世話になった日向女医付の外科担当看護婦である。舞が病院を抜け出して、再び病院に放り込まれた時は彼女が舞の世話(&監視)をしていたこともあって、どうも舞にとっては苦手な人物らしい。
「ああ、滝川さんですか……」
 犀川の顔が少し曇る。
「正直な所、良くはありません。でも、そのあたりの詳しい話は先生に……」
「瑠璃さん、私がどうしたの?」
「あ、先生!」
 犀川が振りかえると、そこには日向女医が立っていた。
「あら、速水君。……ひょっとして滝川君のお見舞いに?」
「ええ、そうなんですが……」といって、ドアの方を見る。
 日向の顔も曇る。
「彼、まだ意識が戻っていないんですよ。ここに運び込まれた時にはすでに昏睡状態だったから、それでもその時よりはだいぶ良くなってはいるんですが……」
「左腕を負傷したと聞きましたが……」
「ええ。ほとんどちぎれかけていて、皮一枚でつながっているような状態でした。いま、再生処置を行っていますが、どこまで回復できるか……」
 さすがに皆ショックを隠しきれなかった。
「それは、回復しない可能性もある、ということなのか?」
 舞がたずねると、日向はゆっくりと頷く。
「……でも、必ず直して見せます」
 瞳に決意を宿しながら日向が静かに告げる。
「……わかりました。先生、滝川をよろしくお願いします」
「大丈夫ですよ、速水さん! とりあえずは私達に任せてください!」
 後ろから犀川が自信たっぷりにそう言うと、速水はわずかに苦笑しながら、
「ええ、わかりました。じゃあ、何か変化がありましたら必ず連絡してください」
「はい、わかりました! じゃ、私は仕事がありますからこれで!」
 そう言うと犀川はくるりと振り向くや駆け出していった。日向もその後に続いたが、途中でこちらを振り向くと軽く肩をすくめて見せる。
 残された3人も、心配なような、安堵するような、それでいて苦笑するような複雑な表情を浮かべていた。

   ***

 それからの数日間はまさに「悪戦苦闘」そのままといった感じだった。
 出撃するとほぼ確実に「やつ」が現れ、その度に無視できない損害を小隊に与えていく。特に恐るべきは機銃掃射で、5121小隊はともかく、その他の部隊では、特にスカウトに甚大な損害を与えていた。
 戦車とても例外ではない。前面装甲だけなら自衛軍の主力戦車にも決して引けを取らない士魂号L型が、上面装甲を撃ち抜かれて中の乗員ごと蜂の巣にされるといった損害も出始めている。
 空自の投入を要請する声は日増しに大きくなり、各部隊からの陳情書が山をなすようになっていたが、空自はなかなか腰を上げようとしなかった。いや、出撃していないわけではなかったのだが、なにぶん頭数が揃わず、全戦域をカバーするなど不可能であったのだ。
 5121にしても、戦死者を出していないというだけで、2番機は出撃不可、滝川機もいまだ修理が終わっておらず(滝川自身は入院中)、戦力半減といったところだった。
 そして、ファントム・ファイターの出現から1週間が過ぎようとしていた……。

   ***

 4月26日(月)。
 その日も日課のごとく滝川の見舞いに行っていた速水たちは、校門の所まできたときにモスグリーンの車両が数台傍らを通りすぎていくのを見た。そしてそのトラックが尚敬高校の通用門から中に入っていくのを見て、全員目を丸くしたのだ。
 自衛軍のトラックが一体何の用だ?
 速水達の足も自然速くなる。急いで通用門から中に駆け込んだ。
 真っ先に駆け込んだ舞の足が止まる。いぶかしむ暇もなく速水と壬生屋もそこにある物を見て目を丸くした。
 自衛軍制式仕様の10tトラックに何か機材が満載されている。機材自体はカバーがかけられているので中身はよくわからないが、その厳重さからただの荷物ではあるまい。そのトラックが3台と小型トラック(実態はランクルの自衛軍仕様)が3台とまっていた。おまけにその影には、超大型のトレーラーが2台止まっている。その荷物は他よりも更に厳重な梱包がされており、うかつに近寄れない雰囲気だ。
 しかし、一番目を引いたのはその傍らに立つ人影だったろう。チーフらしいサングラスをかけた初老の男とそれに従う10名近くの整備員。それにオレンジのフライトスーツを着た四人の男は間違いなく航空自衛軍のパイロットである。
 一体何が起こったのかまだ理解できなかった3人に、初老の男が声をかけてくる。
「よお、嬢ちゃん。すまねえが5121小隊ってのはここかい?」
「じょ、嬢ちゃん!?」
 舞が目を白黒させる。まあ、そんな呼ばれ方などされた事もないであろうから無理もあるまい。口をパクパクさせているが言葉がうまく出てこないようだ。
 仕方なく速水がかわりに答える。
「はい、確かに5121小隊はここですが……、どちらさまでしょうか?」
 男は速水のどことなく軍隊らしくない物言いに特に気にする風でなく、
「俺ぁ航空自衛軍熊本航空隊の田中っていうもんだがな、すまねえが隊長さんの所へ案内してくれないか? おたくんとこの準竜師からの要請って言えば分かるって事なんだがな」
 と言った。
「準竜師の……? 分かりました。それではこちらにどうぞ。壬生屋さん、悪いけど舞を頼むよ」
 そう言うと速水は小隊司令室に駆けていった。後には事態ががよく理解できていない壬生屋とまだショックから回復していない様子の舞が残された……。
(つづく)


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