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ある航空隊の1日(整備員編)


 4月7日、2020時。
 すっかり夜の帳が下りたここ、熊本市。
 その東側にある熊本空港も、軍・民問わず全てのフライトが終了し、滑走路は徐々に闇の中に埋もれていこうとしていた。今のところは幻獣が出現する兆候も特に無いために空港周辺に配備されている防空火器にも緊張の色は見えない。
 全てが静寂に支配されるかと思われた空港の中で、ただ1箇所だけその存在を主張しているかのように喧騒に包まれた所があった。今日、初の『訓練』出撃をこなした航空自衛軍南西方面隊九州分遣隊、通称「熊本航空隊」第1小隊の瀬崎少佐ならびに高村大尉の機体が収められている第3ハンガーだ。
 2人は今日、航空自衛軍が(というより熊本航空隊が)この戦争で初めて実施した訓練名目の航空支援に参戦し、苦境にあった陸上自衛軍第8師団隷下の第42機械化歩兵連隊第2大隊と生徒会連合第5121対戦車小隊をその崩壊から救い、幻獣撃破総計164機という戦果をあげていた。
(ただし、航空自衛軍にとって地上型幻獣の撃破は参考記録として扱われるので、たとえ300機撃破を達成したとしても絢爛舞踏授与の対象とはならない)
 そのかわり彼らもそれ相応の代償を支払うこととなり、幻獣の対空砲火によって反撃を受け、それなりの打撃をこうむっている。瀬崎機は破片貫通1箇所、非貫通8箇所、翼端灯破損といった程度で済んだが、高村機はより濃密な対空砲火の中を飛行したため、破片貫通7箇所、非貫通52箇所、左翼フラップ破損、火器管制コンピュータの一部にも異常が確認されるという損害をこうむっていた。
 本日の戦果から見て、今後彼らのみならず熊本航空隊全てがこの『訓練』に狩り出されることはほぼ疑いない。(現に第2小隊以下の以下の各機に対しても即時出撃待機命令が発令されていた)
 出撃できる機体は1機でも多い方がいいに決まっている。かくて整備員達はこの2機を再び完璧に戻すべく、必死の努力を傾けることとなった。
「しっかし、お前も相変わらずだよな。なんであそこまできっちりと気絶できるんかね? あそこまでいくと特技だね、こりゃ」
「しょ、少佐ぁ、もういいかげん勘弁してくださいよお」
 司令部のほうからのんびりと歩いてくる人影二2つ。
 先に声を発したのが瀬崎零次(せざき れいじ)少佐。熊本航空隊第1小隊長(第1中隊長兼任)。いかにもパイロットといった精悍な顔つきをしているが、地上にいるときは女性と見るややたらと声をかけたがるのが困りものである。そのかわりパイロットとしての腕と運は一級品であり、かの激戦であった八代平原攻防戦の数少ない生還者でもある。
 必死になってなにやら弁明しているのは高村雪之丞(たかむら ゆきのじょう)大尉。第1小隊2番機パイロットで、その整った顔立ちと今ひとつ押しの弱い言動から、「熊本航空隊一の優男」の異名を奉られている。また、戦闘出撃から帰ると2回に1回は目を回してしまうことでも有名である。
 ただし彼もまた八代平原攻防戦の生還者であり、総出撃回数は瀬崎に何ら劣るところは無い。撃墜・撃破数もなかなかのものであり、単に運だけで生き延びてきたわけではないことを証明している。
 もっとも、地上にいるときは瀬崎の手頃なオモチャというのが回りの一般的評価であるが。
 それからしばらくの間、2人はたわいのない会話を交わしていたが、前から誰かがやってくるのに気がついてその場に足を止めた。
「よう、お2人さん、ご苦労様。なかなかの戦果だったそうじゃないか」
 笑顔とともに現れたのは、年のころは20代後半の、パイロットやるよりスカウトになったほうがいいんじゃないかというくらい筋骨隆々な黒髪の男だった。傍らに僚機のパイロットらしい男を引き連れている。
 佐藤亮二(さとう りょうじ)少佐。熊本航空隊第1中隊第2小隊長(本来は第2中隊長)。
 彼は、八代平原攻防戦には参加していなかったが、かつては鹿児島、新田原基地所属のベテラン・ファイターであり、航空機型幻獣8機撃墜のエースでもある。壊滅しつつあった鹿児島航空隊の中で唯一気を吐いた男として知られている。
 ただし、彼も地上にいるときはいささかネジが抜けているのではないかと思われるような所がある。瀬崎と2人合わさったときには化学変化が恐ろしい。
 傍らにいる吉沢隆明(よしざわ たかあき)中尉にしたところで、他のメンバーに比べれば目立たないものの鹿児島、熊本、福岡と各激戦区の航空隊を渡り歩いた猛者である。
 結局のところ、熊本航空隊に残っているのはよく言えば一騎当千、悪く言えばクセのあるやつばかりだった。
「佐藤少佐、どうしたんです、こんなところで?」
 瀬崎も笑顔で答える。彼らはかつて新田原基地でも同じ航空隊に所属していたことがある。その後瀬崎と高村は鹿児島航空隊の壊滅前に転出してしまったが、お互いに気心も知れている仲だ。町に繰り出しての「共同作戦」には枚挙に暇がないくらいだ(もちろんその後始末は高村に回ってくるが)。
「なーに、ハンガーにいたら邪魔だってんで追い出されたのさ。整備班の聖域に立ち入ること、まかりならんってな」
 おどけた調子で佐藤が答える。
「あ、そっか。明日、出撃でしたっけ?」
「ああ、お前らに引き続いて第2陣ってわけだ。これからしばらくは熊本航空隊フル回転って所だな」
 もっとも、10数機しかないけどな。
 声に出さずに佐藤が呟く。
 無理して1日に2回飛べば、翌日は整備とかなんだかんだで使い物にならなくなってしまうのが航空機というものである。毎日飛んだって熊本の全戦区はカバーできない。どのように配分するか……それがカギになるだろう。
「お前達が行っても同じだと思うぜ? 第3ハンガーもおおわらわだったからな」
 愛機を結構派手に傷つけてきた2人としては苦笑するしかなかった。
「ま、こんな所で立ち話もなんだし、酒保にでも行って軽く飲むか?」
「いいですね、当然少佐のオゴリですよね?」
 瀬崎が期待に満ちた目を佐藤に向ける。
「ばーか、割り勘に決まってんだろ」
「ちぇ、せこいの」「どっちがだ!」
 などと、何回繰り返したか分からない会話をしながら、四人は酒保の方へと歩いていった。

   ***

「よし、3番の外装を外すぞ! 下、気をつけろ!」
「2番機、フレーム4Bにクラックあり。 補強材を持って来い!」
「エンジンカーゴ、まだか?」
 3番ハンガーの中はまさに「整備員達の戦争」だった。煌々とハロゲンランプがともる中、人が行き交い、資材が運び込まれ、また運び出されていく。2機の麗風は既に半ば分解され、さながら骨格標本のごとき様相を呈している。
 だが、確かに喧騒に満たされてはいたが、こういった場面に付き物の混乱は見られない。さすがは熊本航空隊の最精鋭整備士たちといったところか。
「傷のついた部品はむやみに捨てるな! 全部ひとつ所に集めておけ!」
『了解!』
 その喧騒の中に、低いがよく通る声が響き渡った。
 田中靖男(たなか やすお)技術中佐。実戦叩き上げの映え抜き整備士官だ。周囲からは「おやっさん」と呼ばれ、整備員達は彼をいささか恐れつつも全幅の信頼を置いている。
「集めたら全部修理班にまわしとけ!」
「はいっ!」
 実際には田中が言ったように、修理班という部署が存在するわけではない。整備員の中にはさまざまな経歴を持っている者がいるので、修理を行なえるものが自発的にチームを組んでいるのだ。
 現在の頼りない補給状況では、1個の部品の予備が機体の出撃状況、ひいてはパイロットの命に関わってくる。彼らの責務は重大といえた。だから彼らは損傷した部品でも、使えそうなものは全てストックするか修理する。いつ、何が必要になるか分からないからだ。
「沢村、どれくらいかかる?」
 田中は傍らにいた整備士を振り返る。
 沢村明(さわむら あきら)技術少尉。階級こそさほど高くはないが、彼が修理班のリーダーであり、その技能は他を懸絶する。元の職業のせいもあろうが、本来、メーカー直送で返却しなければ修理できないコンピュータ関係(いわゆるブラック・ボックス)を独自に修理できるのは彼ぐらいのものであろう。
「そうですね……、今回はややこしい部品の修理はありませんから、明日の午前中までには何とかできるでしょう」
「そうか。そいつぁ心強いな。ストックの方はどうなっている?」
「当面は問題ありません。補給がなくても2週間は持ちこたえてみせますよ」
 そう言いながら沢村は白い歯を見せた。田中も頷き返す。
「頼んだぞ」
「はいっ!」沢村は軽く敬礼すると持ち場へと戻っていった。
「おやっさん!」
 1人の整備員、いや整備主任が田中の方へと駆けて来る。
 カスパール・ハウザー技術中尉。生粋のドイツ人だが日本暮らしが長いために流暢に日本語を操る。整備の腕も確かで、田中の右腕、あるいは懐刀とも呼ばれている。
「エンジンカーゴが到着しました! 搬出にかかります。予備エンジンも到着しました」
「よし、そっちはお前に任せる。……どうだ?」
 エンジン交換にどのくらいかかるか、と問うていた。
「そうですね、1機あたり1時間というところで」
 田中が黙って頷く。正直なところ、精密部品の塊であるエンジンの交換をトータル2時間で行なうというのは常識はずれな短さである。それをなんの苦もなく行なえるだけの技量を、彼らは確かに有していた。
「かかれ」
 静かな声。
「交換開始!」
 ハウザーの指示が飛ぶ、と同時に数名の整備員がカーゴに取り付いてゆっくりと半ば分解された麗風の下に押し込んでいく。
「もうちょい、もうちょい……、ストップ!」
「ジャッキアップ」
 カーゴの上部が持ち上がり、エンジンを囲い込むように吸い付いた。
「エンジンロック解除……、1番、2番、3番オープン」
「燃料系、すべてオフ!」
「最終ロック解除! エンジンリリース!」
 ゆっくりとカーゴが後退する。やがて2基のターボ・ファン・エンジンがパイプが複雑に絡み合う外見を見せつつ引き出された。その姿はまさに麗風の内臓のようでもあった。
 全てのエンジンが抜き取られると同時に交換用のエンジンが同じくカーゴに載せられてやってくる。そして、先ほどとは逆の手順で素早く装着されていく。
 一方、他の整備員は兵器系の整備を行なっていた。麗風の主武装でもある豊和84式20mmガトリング砲のカバーが外され、入念なチェックが行なわれる。
 他にもコックピットに取り付いて電装系をチェックする者、翼下のパイロンの動作確認をする者。ある者はアイソトープ検査機をもって主脚の金属疲労を調べている。
 分解されなかった主翼や尾翼のフラップなどがパタン、パタンと規則的な運動を繰り返している。
 今2320時、最終テストまで含めても夜明けまでには全てが完了しているだろう。
 そんなことを考えながら、田中がようやく自らに安堵を許してもよいかと考え始めた頃、基地全体に精神を揺さぶるような、どこか人を不安に陥れるような警報音が低く遠く響き渡った。

   ***

「警報、警報、警報! 陸上自衛軍九州方面軍並びに生徒会連合より幻獣出現警報あり、状況310、状況310。陸上自衛軍並びに生徒会連合は我が隊に対して航空支援を要請、各隊は至急現在の業務を放棄、即時発進体勢と為せ! 繰り返す……」
 状況310。陸上型幻獣の大規模出現だ。時間は生徒会連合で言うv1にあたる。
 ラウドスピーカーはまだ何か喚いていたが、彼らにとってはもう必要ない。警報の最初の一言が流れ出すかどうかといったところで全員の精神のスイッチが切り替わっていた。
「作業停止! 各隊出撃準備!」
「第1中隊第2小隊機、爆装用意!」
「第2中隊、作戦参加可能機、6機!」
 機体が収められているハンガーでは、一瞬の静寂の後にたちまち整備員が機体にとりつき出撃準備にかかる。弾薬庫が開けられ、キャリアーによって各種爆弾やガトリング砲の機銃弾が搬入されてくる。
 突然、滑走路上からジェットエンジン特有の轟音が響き渡った。予めスクランブル体勢にあった第3中隊の4機(第1小隊、第2小隊各2機)が出撃していったのだ。闇夜の中に鮮やかに映えるオレンジ色の尾を引きながら次々と滑走路を離れていく。その間隔は5秒もない。後を追いかけるように川崎E−5早期警戒機「てんもく」がプロペラ音も軽やかに飛び立っていった。現在の所航空機型幻獣の出現は確認されていないとはいうものの、油断はできない。「てんもく」は対空・対地警戒の貴重な傘をさしかける事になる。更にその後から空中給油機も離陸していった。
 一方、基地防空隊も警戒レベルを跳ね上げつつ、迎撃準備を整えていった。滑走路周囲に配置されている76式短距離多目的誘導弾を搭載したトラックが発射位置に向けて展開していく。既に展開が完了している88式地対空誘導弾は迎撃レーダーを作動させながらミサイルの入ったキャニスターをもたげ始めた。
 もちろん、その他に20基近くが配備されている87式40mm高射機関砲には既に人が配置されており、初弾装填が完了している。
 民間の空港職員や管制官は、真っ先に地下シェルターへの退避命令が下った。だがただ単に逃げたわけではない。地下の予備管制施設に入る事で、万が一地上部が破壊された場合には空港管制を代行することになる。
「第3中隊第1小隊、菊池市上空へ進出。現在の所敵影確認せず……」
「第2小隊、熊本市上空通過。哨戒体勢に入る」
 スクランブル機からの報告が次々に入る中、熊本航空隊はその全機が対地攻撃機として出撃準備を整えていった。

 一方、田中たちはというと、他の連中とは比較にならないほどの喧騒の真っ只中にいた。先ほどまでの調律のとれた動きともまた違う、己の全能力を振り絞るような文字通り死物狂いの整備が進められていた。整備員達は汗みずくになりながらコードをつなぎ、パイプを接続し、外板を元に戻していった。
「1番機両エンジン固定完了! カーゴ下げろ! 直ちに下部外板を復旧開始!」
「ガトリング砲チェックリスト23から33まで完了! 電源チェック急げ!」
「レーダーチェック完了! ノーズ閉鎖!」
「ハウザー、あとどのくらいだ?」
 田中が振り向きもせずに質問する。サングラスのせいでよくは分からないが、その眼は麗風を向いて離れようとはしなかった。
「エンジン並びにガトリング砲の固定は完了しましたので、あとは外板を戻して固定するだけですから、20分もあれば完了します」
 分解した時の3倍のスピードだ。しかし田中の表情は晴れない。
「時間がねえ。兵装搭載を同時進行させろ」
「しかし、それでは……」
「かまわん! 急げ!」
「ヤー!!」
 ハウザーは慌てて飛び出すと、手近な整備員数名をひっ捕まえると弾薬庫の方へと駆けていった。別の数名は燃料パイプにとりついて給油を開始している。まだ火花が散るかもしれない作業を行っている中で、一歩間違えば大爆発を引き起こしかねない。だが敢えてそれを無視する。
 その甲斐あって、ハウザーがキャリアーを持って来た頃には燃料搭載はほぼ完了していた。
「沢村ぁ」
 その作業を見ながら、田中はむしろのんびりしたという風情で少尉を呼ぶ。
「お前な、ここが済んだら人数連れて例のやつを引っ張り出せ」
 沢村は黙って頷くと、後ろに控えていた数名を連れてハンガーの外へと走り出す。
 向かう先はハンガー裏手の車両置き場。そこにたどり着いた彼らは車両にかぶせられたカバーをはがし始める。中から現れたのは長く太い砲身を持つ戦闘車両――戦車だった。
 奇襲型幻獣に対抗するために整備員総出で己の能力と趣味をありったけ詰めこんだ独自改造戦車――61式改3型戦車は、ディーゼルエンジンの唸りを上げながら警戒ポイントへと移動を開始していた。

 それから少しして、瀬崎と高村が息せき切って飛びこんできた。
「おやっさん!」
「おう、準備出来てるぜ」
 振り向いた田中の態度はいつもの悠揚迫らざるものに戻っていた。いきなり使いの整備員に呼びつけられて何が起こったかと急いできたのにいささかはぐらかされた格好の瀬崎は何気に愛機を眺め――そこで視線が凍りついた。
「おやっさん」
「ん? 何だ?」
「これ全部対空装備じゃないですか! 一体……」
 確かに瀬崎のいう通り、彼の機体には陸用爆弾の代わりに空対空ミサイルが限界いっぱいまで搭載されていた。どう見ても立派な対空仕様だ。現在の状況は310。きたかぜ相手でもこんなには必要ない。
「ハウザー! なんでこうなってんのさ!」
 向こうでは高村がハウザーを問い詰めていた。ハウザーも困ったように田中の方をちらちらと見ながら何やら答えている。
「これでいいんだよ」
「でも……!」
 答えに納得できない瀬崎がなおも言い募ろうとすると、田中が初めて振りかえった。その瞳にはこれ以上ないほどの真摯な光が宿っている。瀬崎は思わず言葉を飲みこんだ。
「いいから、少し待ってろ」
 それだけ言うと、再び麗風の方へと視線を戻す……、が、何かに気付いたのか再び瀬崎の方を向いた。
「おいレイ。お前酒飲んでんのか?」
「あ……、その、やっぱり分かります?」
「当たり前だろ、馬鹿!」
 先ほど酒保へと行った時に佐藤たちと飲んでいたのがばれたらしい。まあ、より悲惨だったのは先に出撃していった佐藤たちかもしれないが。
(あっちはあっちで整備員達に嫌味を言われていた事が後日判明した)
「ったく、しょうがねえな。まあ、機体がこうなるとは思ってなかったんだろ、ん?」
「はい……おっしゃる通りで……」
 どんどんと縮こまっていく瀬崎。田中はひとつため息をつくと、高村を呼びつける。
 何が始まるのかとかしこまる2人に、田中が厳かに宣告した。
「まだもう少し時間がある。その間汗かいてろ。オイお前たち! このお二方を手伝ってやれ!」
 たちまち数名の整備員がこちらへとやって来る。
 2人の飲んだアルコールはわずかなものだったが、気圧が下がると血管が開くため、ほんの少しのアルコールでも酔っ払うようになる。そうなれば命取りだ。となれば、どうにかしてアルコールを体外に追い出すか、燃焼するかするしかない。
 かくして2人は何者かに対する呪詛を呟きながら延々と腹筋をさせられるハメになったというわけである。
 その間にも他の機は次々に空中待機点へと向かって出撃していった。

   ***

「警報、警報! 『てんもく』より入電、対馬海峡上空高度21000(ft)に敵機確認、機数8、状況311に変更、311に変更! 第1中隊第1小隊、迎撃せよ! これは司令命令である。繰り返す……」
 その警報が届いたのは更に20分ほどしてから、瀬崎たちを除く全機が空中待機点へと到着した後の事だった。
「……やはりな」
 田中が納得したように呟いた。
「お、おやっさん……、やっぱりって、な、何が……?」
 瀬崎が別に臆病になったわけではない。ただ息が上がっているだけだ。
「なに、いかにも露骨に陸上型幻獣しかいなかったのが気に食わなかっただけよ。幻獣だってちったあ考える頭ぐらいある。それに第5世代もいるしな」
 まるで明日の天気についてでも話しているかのように淡々と田中が告げる。瀬崎たちは声もない。
「あいつらがそのまま突っ込んできたらこっちは大打撃だ。そこでお前たちの出番ってワケだが……」
 一睨みする。
「正直、俺たちが全力をつくしてはあるが、当然試験飛行なんざやってねえ。覚悟しとけよ」
 ようやく状況が掴めた瀬崎と高村は、一瞬呆然としていたが、やがてニヤリと笑ってこう言った。
「実戦仕様の試験飛行ってのも腕を磨くにゃいいもんですよ」
「張り切っていきましょうか、ね」
 田中もニヤリと笑うと、次の瞬間大声を張り上げる。
「よおし、行って来い!」
『了解!』
 2人が見事な敬礼をすると、整備員達も一斉に答礼した。中でも田中の敬礼は、さすがに年季の差か見事としか言いようがなかった。
 2人は手近に置いてあったヘルメットを掴むと、ひらりと愛機に飛び乗った。

「コントロール! こちらナイトクロウ、離陸許可を求む」
『こちらコントロール。B滑走路に進入し、離陸せよ』
 レシーバーに司令の声が響く。
「まったく……、こいつぁ超過勤務ですぜ」
 つい階級の事など無視してそう言ってしまう。もちろんそんな事では司令は眉ひとつ動かしはしない。
『文句言うな。帰ってきたらぐっすりと寝かさしてやるよ』
「出来れば酒の1本もつけて欲しいもんだ……」
『贅沢ぬかすな。ビールぐらいは用意しといてやるよ』
 それを聞いて瀬崎が露骨に顔をしかめる。さっきまで飲んでたのがビールなのだ。
「……ナイトクロウ、滑走路に進入した。離陸する」
 形勢不利と見た瀬崎は露骨に話題を切り替える。司令もそ知らぬ顔でそれに付き合う。
『コントロール了解。みんなの事は頼んだ。オーヴァー』
「頼まれましょう。アウト」
 コントロールとの通信を切ると、一旦ブレーキを踏んで機体を止める。
 ふとハンガーの方を見ると、漏れてくる明かりを背に整備員達が整列して帽振れをしているのがかすかに見えた。見えないのは分かっていたが、瀬崎は静かに敬礼する。
「ブレイブ、準備はいいか? いっちょ気合をいれて行くぞ!」
『ブレイブ了解。ナイトクロウ、行きましょう!』
「いくぞ! 第1小隊、出撃!」
 そう言うと同時に瀬崎はスロットルを全開にし、ブレーキペダルを放した。たちまち世界が後ろに流れていく。

 あたりを圧する轟音と共に、2機の麗風が闇夜の空へと飛びあがった。少しの間はそれでも輪郭がぼんやりとわかったが、やがてジェット炎のわずかなオレンジ以外はなにも見えなくなってしまう。
「行っちまいましたね……」
 ハウザーがぼんやりと呟く。
「ま、あいつらの事だ。死ぬ事はあるめぇ」
「そうですね」
 どうもあの2人にはそんな話は似合わない。悪魔すらねじ伏せてしまいそうなあの2人には。たとえ外見はそう見えないとしても。
「おやっさん」
「何でぇ?」
「帰還に備えての準備をしたくありますが、よろしいでしょうか?」
 田中は黙って頷いた。
 ハウザーは皆のほうを振りかえると指示を下す。
「整備第1班! 小休止の後フライト後チェックの用意!」
『了解!』
 整備員たちの元気な声が響く。
 彼らの戦争は、まだ終わらない。
(おわり)


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