pale
最近、ヒル魔ンちによく行くようになった。
………まぁ、それは大した問題じゃねぇ。
話してると意外と楽しいし。コーヒー淹れさせられるけど、俺も飲ませてくれっし。
ヒル魔ンちのはうめーし。
でも、流石に、これはねーだろうと思う。
「―――――ッありえねーだろ!!!こないだ片付けたばっかじゃねぇカッ!!?」
「俺忙しいし。それとも何か?文句でも?」
「カッ!」
ちょ、まじで。
ナニソノタノシソーナオカオ。あ、オネガイ。お願いします。銃口こっちに向けないでください。
「…やります。ヤラセテクダサイ」
あーあ………
「じゃ、いつも通り片付けろ。んでコーヒー持って来い」
えー
「…………了解」
渋々、作業に取り掛かる。
ヒル魔ンちのコーヒーはちょっと面倒臭ぇけど豆から。でもめちゃくちゃうめーの。
ヒル魔は面倒臭がってずっとインスタントだったらしい。
けど、初めてインスタントを淹れさせられたときに見たことない豆を発見して、俺が機械を持ち込んで、それからはずっと豆から淹れてる。
…俺が。
前に聞いたことがある。
「俺がいねーときってヒル魔が自分で淹れんのか?」
「インスタントな」
「勿体無ぇー」
「んな変わらねーよ」
………変わるだろ。豆勿体無ぇよ。
だから、なるべくコーヒーは淹れてやることにした。俺にも飲ませてくれっし。
いつの間にか黒いマグに二人分。
一つはマグカップと同じで真っ黒のヒル魔用。もう一つはミルクを足して少し茶色の俺用。
………あーやっぱうまい。
一口自分のを飲んでからヒル魔のを持って作業部屋…と俺は思っている、別室へ。
「ヒル魔ー」
ドアの前から呼んで、ヒル魔に「入れ」って言われてから入る。
黒の上下の部屋着も、家で作業するときだけかけるらしい眼鏡も、いつものことだけど。
「そこ置いとけ」
珍しく、ヒル魔が受け取らずに違う指示が出された。
でも。
「………………ヒルマサン…そこ、ってドコ、デスカ…?」
「…あ?」
だって。
紙類がぶわぁーって散らばってっし。
生憎置けそうな所は無いように見えますが?
「…あー‥‥‥じゃぁ来い。今手ぇ離せねーし」
なんでそんな奥にいんだよ。
どーやって行くんだ。ぜってー踏むぞ。
いいのか?
「…踏む、けど」
「いーから早くしろよ」
……………ハイ。
目はノートパソコンに向けたまま。
…あれ。なんかいつもと違う?
困ってるっつーか…悩んでるっつーか…イライラしてんのか‥‥‥?
「…ヒル魔?」
「っだ―――!こ・の、糞PC!!!!」
いきなり叫び出したかと思えば、俺の手からマグを引ったくってコーヒーを飲み干した。
俺…ホットで、熱湯で、淹れた、よな…?
「風呂」
一言だけ、告げてヒル魔は俺に空になったマグを突っ返して風呂場に向かった。
………何だ?
わけが分からず、混乱しながら戻る。
散らばった様々な分野の紙類を、山を作りながら分けていると、ヒル魔が風呂から上がったらしく。腰にタオル一枚巻き付けただけの恰好でこちらに向かって来た。
ヒル魔の髪はまだ水に濡れていて、紙に水滴が落ちた。
「おま、濡れて…」
ちゃんと拭けよ。
「拭いたっつーの」
いやいやいやいや。ビチャビチャですけど。
「タオルとかねーの」
「風呂場のラック」
ヒル魔は冷凍庫から出した氷をガリガリ食いながら一番下、と言った。
タオルを持って戻ればヒル魔がソファーに座ってて。
「拭くぞ」
「あー」
髪の水気をタオルでとって。
ヒル魔の金髪の水分が少し減った代わりにタオルの湿気が増す。
「ドライヤーは?」
「風呂場にある」
「やんねーの?」
「放っときゃ乾くんだよ」
「乾かさねぇの?」
「めんどー」
言いながらこっちを向いたヒル魔の青い目がタオルの隙間から見えた。
「……っ」
目が合ったかと思ったらそのまま押し倒されて。
上に乗られて、軽く、触れる程度のキス。
「…に、すんだよ」
「自然な流れかと思って」
逃げようと足掻いたら、ヒル魔の腕に捕らえられ。
「………………っ、たまってんの?」
「……ああ」
「‥‥‥‥、」
まじで。冗談半分で聞いたのに肯定されて。
ヒル魔の青い眼がこわい。
「ヤらせろ」
「な…に、言って」
んだよ…。
そこまで言葉は紡げなくて、ヒル魔の口に遮られた。
今までで1番激しいさんかいめ。
「…‥‥・・・ッ、冗談じゃねえっ!!」
力の限り起き上がって一直線に玄関に向かう。後ろは振り向かない。
「…やっちまった」
ヒル魔の自虐的な乾いた声は、聞こえない。