「参ったな。どこだここ」

「だからやめようって言ったのに」

何かいそうな気がする、と森の中へズカズカ入っていった武闘家を追いかけてからどれくらい時間が経っただろう。見かけるのは野鳥や野ウサギばかりで魔物の気配すらしない。今、俺達は完全に迷ってしまっていた。

「俺の勘は外れねーんだって!絶対何かある!」

「その自信はどこから湧いてくるんだよ」

「まあまあ、たまにはこういうのも悪くないですし」

ぎゃーぎゃー騒ぐ俺と武闘家を見て賢者が苦笑いしている。
迷ってしまったものは仕方がない。森を突っ切ってしまえばどこかに辿り着くだろうと、とにかく真っ直ぐ進んでいた時だった。

「おや、人がいます。」

目を細め遠くを見ながら賢者が言う。これ幸いと駆け出すと、少し行った先に開けた草むらのような所があり、そこに少女が座っていた。
少女は突然現れた男三人に驚き、そして「こんにちは」と微笑んでくれる。
長く艶のある栗色の髪にくりくりとした目、愛らしい曲線を描く薄い桃色の頬の彼女は今まで見たどの女の子よりも可愛かった。

「こ、こんにちは…っ、ちょ、やめろよ」

思わずどもる俺の脇腹を、武闘家がニヤニヤしながら肘で小突く。それを見てクスクス笑う少女に俺の顔は真っ赤になった。

「お恥ずかしい限りなのですが道に迷ってしまいまして。森を抜ける道を教えて頂けないでしょうか?できればどこかの村や街に行きたいのですが」

「まあ、そうでしたの。それでしたら私の村へご案内いたしますわ」

賢者の言葉に少女は花が咲いたような笑顔で立ち上がると、地面に置いていた木の実が沢山入った籠を小脇に抱え歩き出した。
いつもと変わらない立ち振る舞いの賢者とは違い、顔は強ばり動きはぎくしゃくしている俺。

「何かあるって言ったろ?」

「うっさい」

小声で武闘家に冷やかされながら、俺は少女の後に続いた。

「それにしても、どうしてこんな森の中へ?」

少女の丸い硝子のような目がぱちぱちと瞬きをする。

「この森に何かいる気がして入ったはいいけど、うろついているうちに迷ったんだよ。一匹くらい魔物がいてもよさそうなんだがな」

武闘家は美しい少女には何の反応も示さず、普通に話をしている。俺ばかりが如何にもモテない男ですといった態度で情けない。

「魔物?…どうして魔物を?」

「こう見えて勇者一行なんだよ、俺ら。ほら、あのさっきから横とか下とか忙しなく向いてる男が勇者」

「勇者一行…」

怪訝な顔をしていた少女は武闘家の言葉に目を見開くと、持っていた籠を落とした。散らばる木の実に目もくれず、少女は俺に突進するかのように詰め寄りうるうると目に涙を溜める。

「助けて!」

「う、うわ!ちょ、え?」

少女は両手で俺の手を掴むと、痛切な声で叫んだ。



少女の話はこうだった。
ここからもう少し北に移動した所にある洞窟に凶暴で残忍な魔物が住み着いていて、そいつは近隣の街や村の住民を殺し、建物を破壊し、田畑を潰しては深刻な損害をもたらしているらしい。
そこでこれ以上被害を出すわけにはいかないと住民が魔物に持ちかけたのが、毎年美しい女を生け贄として捧げる、その代わり街や村に手を出さないでくれ、という取引だった。
魔物はこの取引を受け入れ、毎年捧げられる女を満足そうな顔で連れ去っていく。その後女がどうなるのか知る者はなく、また女の姿を見かけた者もいない。美しい容姿を持って生まれた女の中には、生け贄にされる恐怖から自らの顔に傷をつける者もいるという。

「そして、今年の生け贄が私…なんです」

少女は顔を青くさせ、蚊の鳴くような声で呟いた。

「お願いします勇者様…!私、死にたくない!」

はらはらと涙を流す瞳に見つめられ、女という生き物に耐性のない俺は顔を真っ赤にして頷くしかない。恋愛とは程遠い地味で冴えない人生を送ってきた俺は、緊張故にうまく働かない頭でどうしようと考えた。



「勇者様、娘を助けてください!」
「お願いします、この村を救ってください!」

村に着いた少女が両親にに事情を話すと、話はあっという間に村中に広がり村人たちが群がってきた。
正直言って魔物を退治する自信なんてこれっぽっちもない。そもそもこれだけ人々に恐れられている魔物を、新米勇者の俺がどうにかしようなんて無理な話だ。それでも必死の形相で懇願してくる村人たちを見捨てるわけにもいかず、俺はひきつった笑みを浮かべた。
虚勢を張って玉砕するか、今のうちに謝るか。冷や汗をかいていると、大勢の人間にぐるりと囲まれ明らかに困っている俺と村人との間に賢者と武闘家が割って入ってくれた。

「皆さんのために魔物を退治したいのは山々なのですが、如何せん情報が少なすぎます。ここで無鉄砲に魔物に挑むよりも、何か対策を練った方が良さそうですね」

「相手の強さがわからないとどうにもならねぇしな。うまく隙をつける方法を考えねーと」

二人の言葉に村人たちが一斉に顔を見合わせる。

「しかし私達では到底適わない魔物ですから、具体的にどれくらい強いかをお伝えする事などは…」

「うーん、それは困りましたねぇ。何の情報もなしに洞窟に突入するのは自殺行為になりかねません」

何故だろう。賢者と武闘家が異様にニコニコしている。この二人って戦闘狂だったっけ、魔物と対峙するのがそんなに楽しみなのか?

「隙を見つけると言っても、我々がその魔物と接触する機会なんてそうそうありませんし。どうします?武闘家」

「どう考えても生け贄を捧げる日が狙い目だよなぁ」

まったく話が読めない。戸惑っている俺を尻目に二人はああでもない、こうでもないと話し合っている。
本格的に対策を練り出したように見える二人の姿に村人たちの目は輝いていき、俺は心の中で頭を抱えた。

「と、言うわけで勇者」

「生け贄になって内側から敵を叩いてくれ」

「……は?」

何が「と、言うわけで」なんだ?俺は会話にすら参加していない。
この二人はいつもそうだ。俺を除け者にして二人で勝手に話を進めて。

「何で俺なんだよ」

「普通に考えて俺みたいなゴツい女なんていねーだろ」

「じゃあ賢者がやればいいだろ!生け贄は美しくないと駄目なんだから!」

「私の身長でうら若き乙女も無理がありますし…」

「俺達二人とも190以上あるしなー」

「お、俺がチビだって言いたいのか!言っとくけど俺は平均だからな!お前らがでかすぎるんだよ!」

「この三人だと勇者が一番適任だろ。ギリギリまで顔隠しとけば何とかなるって」

何なんだろうこのずさんな計画は。無理があるに決まっている。
今回ばかりは我慢ならない、一言文句くらい言わせてもらおう。そう思い口を開いた時だった。

「勇者様…私の身代わりになってくださるのですか?」

「え、いや、その…そういうつもりじゃ、」

「そうですよね…やはり私は魔物に連れ去られ、酷い辱めを受けなければならないのですね…」

「え、え、え、待っ泣かないで、わかった!わかったから!俺が代わりになるから!」

震えながら顔を両手で覆う美少女と慌てている俺。
俺が身代わりにならないせいで少女が酷い目に遭っていますとでも言わんばかりの空気に焦った俺は、つい身代わりを引き受けてしまった。
何かある度にこんな展開を迎えている気がする。

「さて、身代わりが決定したのは良いとして、このままでは生け贄としてあまりにもお粗末ですね」

「買い物に行かなくちゃな」

「もう好きにしてくれ…」

どう見ても女になれそうもない俺をしげしげと眺めた賢者と武闘家の瞳はやっぱり輝いていた。

その後街に出て女装のために必要なものを適当に購入し、村に戻ると無理矢理風呂に入れられ賢者と武闘家に全身の毛という毛を剃られた。そして少女宅にて村の女達に楽しそうにきゃあきゃあ騒がれ着せかえ人形となり、ああでもないこうでもないと弄り倒される。

「さあ、勇者様。できましたよ」

何故か自信満々の女達に促され、大きな鏡のある部屋へと移動する。
角張った骨格を隠すゆったりとしたドレープのワンピースにロングヘアの鬘。顔中に粉やら何やらを塗りたくられ鏡の前に立たされると、そこには女に見えなくもない微妙な容姿をした俺がいた。
はっきり言って気持ち悪い。

「おや、随分可愛らしく仕上がりましたね」

「へー化粧で化けるもんだな」

「お、お前ら馬鹿にしてるだろ…!」

賢者と武闘家に顔をまじまじと見つめられ、俺は恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでしまった。
俺の顔がつるりとした薄目の顔だったから化粧のしがいがあった、と言う褒めているのか貶しているのかわからない女達の言葉が胸にグサリと突き刺さる。
どうせ俺は賢者みたいに美しくもなければ武闘家みたいに男らしくもない、地味で特徴のないモブ顔だよ。

「わあ、勇者様、とっても可愛い!」

「はは…気を遣わなくてもいいよ…」

生け贄となるはずだった正真正銘の美少女の屈託のない笑顔に泣きたくなった。

「しかし、女性一人を生け贄に捧げて満足してしまう程女好きの魔物なら、単純な女装ではバレてしまいそうですねぇ」

「ほら勇者、そんな歩き方したら男だってバレるだろ。声も2オクターブくらい上げてみろよ」

「これ以上俺にどうしろって言うんだよ!」

美しいか美しくないかと問われれば決して美しくなどない俺の女装だが、見た目だけでは誤魔化せないもの、つまり立ち振る舞いに問題があった。
当然生まれてこの方女装などした事もない俺が女性らしい所作で行動するなんて不可能に近い。

「次の生け贄までどれくらい猶予がありますか?」

「十日程です」

賢者とやりとりしながらこちらをちらちら見てくる村人。頼むからやめてくれ。

「うーんどうしましょうか。何か女性らしさを学べるところがあればよいのですが」

「女性らしいといってもこの辺にそういう女が集まるところなんて隣街の娼館くらいしか…」

「それです!」

「なるほど、女らしさと言えば娼館だな!勇者、鍛えてもらってこいよ」

「は!?何言ってんだよたったの十日でどうしろって言うんだ?しょ、娼館って…!」

何をどうすればこんな方向に話が進むのか。
ここまでくると彼らが何か俺には理解できない特殊な言語を話している気すらしてくる。百歩譲って女装は許そう、しかし娼館はあんまりじゃないだろうか。

「俺に何させるつもりなんだよぉ…」

泣きそうになるのをぐっとこらえる俺を見て賢者はきょとんとしている。

「もちろん女性としての作法です。何変なことを考えているんですか」

「うわー勇者のえっちー」

「ち、ちっげーよ!!」

武闘家に冷やかされ顔が沸騰したかのように熱くなる。だって娼館と言えばそういう事だと思うだろ。作法を学ぶって今ここにいる村人たちじゃ駄目なのか。それ以前に十日しかないならやってもやらなくても同じだろ。

「十日あればまあ…付け焼き刃程度には。我々は魔物の情報を集めておきますから、勇者は勇者で頑張ってくださいね」

「嫌だ嫌だ無理!だってそんなことしてもバレるって無理!絶対無理!!」

女装した男がぎゃーぎゃー騒いでいる姿は人の目に異様なものとして映るに違いない。しかし今度ばかりは二人に流されてはいけない。俺の男としての矜持に関わる問題なんだ。

「勇者様…ごめんなさい、私のせいでご迷惑をおかけして…いいんです、私一人が犠牲になれば丸く収まる事ですから」

「あーあー可哀想だなー勇者はこんな可愛い子が変態魔物にあんなことやそんなことをされても良いって言うんだろ?勇者がちょっと我慢すればこの辺りに平和が訪れるのになー。まあ仕方ないかー嫌だって言ってるし。ここはこの子に死んでもらうしかないなー」

「うぐ、」

心なしか棒読みにも聞こえるが、哀れみの表情を湛えた武闘家にそう言われ、俺は言葉に詰まる。
ここで俺が我慢して囮になれば誰も傷つかないのか?本当に?これまで男として大切なものを失い続けてきた俺がさらに何かを失う気がするけれど、勇者として人々を救う責務を優先するべきなのはわかっている。
目の前には可憐な少女と不安に満ちた村人たち。十日、たった十日我慢すれば皆が救われて、俺も勇者としての務めを果たせる。

「…わかったよ!行けばいいんだろ!!」

顔をぱっと輝かせた村人たちがわあっと歓声をあげる。もう引き返せない。そう、これは勇者の仕事なんだ。



事情を説明すると、娼館はこちらの要求をあっさりと受け入れ全面協力してくれた。俺としては断ってくれた方がありがたかったのだけれど、これ以上働き手が減ると経営に関わる事から双方の利害が一致したらしい。

「勇者。ちょっとこちらへ」

賢者と武闘家に促され俺にあてがわれた無駄に豪奢な部屋へと入った瞬間、無遠慮にワンピースの裾ををめくられた。

「うわ、やめ、」

今更下着を見られたところでどうってことはないはずなのに、女装をしているせいか裾を押さえつけるなんて乙女みたいな反応をとってしまう。

「やっぱりだ。勇者、そんな色気のないパンツ履いてちゃ駄目だろ」

「いや、パンツ関係ないだろ客とるわけじゃないんだし」

「何事も万全を期してやらなければ。そうでしょう?」

「そうそう、こういうのは雰囲気が大事なんだよ。雰囲気が」

「関係ないような気が…あ!ちょ、マジでやめろってぇ!」

武闘家にワンピースをたくし上げながら羽交い締めにされ、賢者に履いていた下着を奪われる。赤面しながら暴れる俺を見て、賢者が微笑んだ。

「ふふ、ご婦人にいけないことをしている気分になりますね」

「へ、変態!馬鹿!パンツくらい何でもいいだろ…!」

「わざわざ恥を忍んで買ったんです。履いてもらわないと」

報われないでしょう?私が、と微笑む賢者。俺はどうでもいいのか。
女装した男が下半身を剥き出しにして暴れる様はさぞ滑稽だろう。賢者は不安になるほど布面積が小さい女性ものの下着を俺に無理矢理履かせると、窮屈そうに存在を主張する俺の股間を満足気に撫でた。

「っ、う、触んなって…」

「おや、もしかして興奮してきてます?駄目ですよ、ここはお客様に知られてはいけないところですからね」

駄目だと言いながら薄い布越しにペニスを撫でられ内股が震える。自分の視界に映るぴっちぴちに詰まり盛り上がった下着が妙にいやらしくて、思わず俺は目を瞑った。

「ん、っ客は、とらないって、」

「だって、実践が一番だろ?」

耳元を武闘家の低い声にくすぐられる。何か変な気分になってきてしまった。
…あれ、勇者ってこんな仕事だったっけ?






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「なあ、新人が入ったって聞いたんだけど」

退屈凌ぎに娼館で女でも抱くか。そう思い立った遊び人は娼館の入り口に張られていた紙を見て、受付の女にそう訪ねた。

「ええ、入っておりますよ。実は訳ありな子でして、本日お代は結構ですので最後まで責任を持って可愛がってあげてください」

「ああ?なんだそりゃ?まあ、タダになるんなら別にいいけど」

いつもは淡々と業務をこなす受付の女が妙に愛想が良い事を不思議に思いながらも、遊び人は新人がいるという部屋に向かった。

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「女とヤりに来てる男相手に大丈夫かね。ちょっと強引すぎたか?」

「勇者は性的に興奮すると特殊なフェロモンが出る体質ですから。その気があろうとなかろうと逆らえる男はまずいませんよ」

「ま、それもそうだな。顔も悪くないし大した問題は起きないだろ、大尉もハマったくらいだし。終わったら勇者に女装させたまんま3Pしようぜー」



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