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黒髪の封じ

 チィ、と呼ぶ声が聞こえた。振り返る事はしないまま、小川につけた足を軽くばたつかせる。跳ねた水が月光に煌めいて、弾けた。

「チィ、此処にいたの」

 そこでようやく振り返る。艶やかな銀緑の髪が目に入った。
 眦を下げた翡翠に、少しだけ罪悪感を感じながらも、素っ気なく目を逸らす。

「何処に行こうと僕の勝手だろう、メラルド・ペルフェット」
「でも心配だから。……先生さんもそわそわしてたよ?」

 銀翠の周囲を淡く発光しながら飛ぶ精霊は、彼に憑いている風の子だ。何処か落ち着きなく飛び回るその様を見て、何となく察する。
 ──嘘は吐いてないけれど、何かを黙っているな、と。
 精霊は憑いた人間の諸々に左右されるのを知らないメラルドでは無い筈だけれど。

「ロマンジェーレに何をしたんだい、メラルド」

 特に咎めるつもりは無い。この二人の仲はこういうものだ、と理解をしているから。──わかったフリ、かも知れないけれど。

「どっちが、チィを探しに行くか、って話になって……」

 目を逸らした。はあ、とわざとらしく溜め息を吐いて、足をばたつかせる。爪先に纏わりつく水精に魔力を分けてやりながら、チィは空を仰いだ。
 今日は星が綺麗だ。この辺りの環境もあるかもしれない。指先、掠めそうな程近くに、星屑の瞬きを感じる。

「だって、先生さん、綴りまで持ち出すんだもん……」

 すっかり拗ねて唇を尖らせたメラルドに視線を戻し、息を吐く。

「──おいで、メラルド」

 風の子が、ちかちかと瞬く。メラルドの表情は変わらない。──頬の紅潮が見えた気がした。

「……うん、」

 隣に腰を下ろす。──ああ、風の香りがする。メラルドの匂いだ。

「風の子、君に悪気がないのも、メラルドに悪気がないのも知っているけど、余り君が表に出るとメラルドが弱ってしまうんだよ」

 差し出した右手。指先に止まった蝶々のような風精にそう語りかける。ぴこりと揺れた触覚は、どこか項垂れるような様相を見せた。余り不安にさせないように、と微笑を湛え、魔力を分け与える。

「余り長く此方にいすぎても、君の身体にも悪いから。──今日はお帰り」

 ひら、と翅が揺れる。淡い翡翠は幾度か瞬きを繰り返した後、ぽんっ! と小さな音を立てて光は消え失せた。

「メラルド。──エレフセリアの元であれほど、言われたでしょう?」
「う、うん……でも、」
「でももへちまも無いだろう。君の身体に関わる事なんだから」

 自身の魔力を編み込んで作った腕輪を見映え良く加工したそれ。本来ならば触媒として使う代物なのだけれど。

「君が倒れては、元も子もないから。……ほら、手首出して」

 不思議そうに首を傾げた青年に応える事はせず、腕輪を結びつける。
 仕舞いに、ひらっきっぱなしである門を封じ込める。

「いいかい、ラル。これからは僕が、ある程度の制御なら教えてあげるから──」
「チィから、プレゼント……もらった……」
「おい、聞いているのかい、ラル?」
「聞いてる、聞いてるよ、──チヴェッタ」

 ──お願いだから、蕩けるような笑みを浮かべて、僕の名前を呼ばないで欲しいと思ったのは、これで何回目だろうか。
 募る思いは吐息と共にそっと吐き出して、チヴェッタは再び夜空を仰ぐ。

 指先を掠めた星屑は、きらきらと光りを放って、そっとはじけて行った。



お題//星屑、小川、『ふうじこめる』

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