絶望を一匙、
それは、圧倒的なまでの絶望だった。
それは、圧倒的なまでの恐怖だった。
それは、圧倒的なまでの魔力だった。
全てが一夜にして灰となった。未だ残る炎は炎らしからぬ爆ぜた音を上げながら、煌々と燃え盛る。
──炎は、薄暗い紫の色をしていた。
“それ”は、宙に浮いている。──否、立っている。女と見紛う程に長い髪と、怜悧さを漂わす整った面立ち。体型を隠すような裾の長いローブもその勘違いを助長する要因となっていた。
しかし、“それ”は間違いなく男である。辛うじて息のあった者が、男の高笑いを聞いたと言ったらしいのだから、そう、恐らく間違いないのだ。
──その男は、まるでそれこそが、あるがままの姿であると言わんばかりの不動っぷりには畏敬の念を禁じ得ない。長い銀の髪を、灰の混じる生温い風に遊ばせたまま、不機嫌そうに目を眇めた。まだ地上に残る炎の滓が一度、大きな音を立てて激しく燃え盛った。
「何だ、手応えのない。──向かって来たのは貴様らだろうに」
たった一夜だ。たった一夜で、一国全土が焦土と化した。きっちりと、紫炎は国境線を越えることなく、その国だけを燃やし尽くし灰と化した。
「このエレフセリアに、意気揚々と死合いを挑み、たかが数百人程度の魔術師(ニセモノ)で魔女(ホンモノ)に挑もうとは、片腹痛いわ」
片手を揺らせば、炎が揺れる。地上で未だ燃えるそれらは今も、虎視眈々と、文字通り全てを灰とせんと狙っているのだ。
「ああ、全くどうしてつまらぬ。──もっと俺の心を踊らせるものはこの世にないのか?」
嘆息。肩を竦め、炎と成り替わるようにして男──エレフセリアの姿は消える。
──そして、地には紫炎が疾走った。
161014
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