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夏酔いに弾ける

「少年、花火をしよう!」

 コンビニで買ってきたのであろう、手持ち花火の詰め合わせセットとバケツを片手に、お姉さんはこどもみたいに目を輝かせて、にかりと笑った。



 お姉さんの提案はいつだって唐突だ。突拍子もなく、話の脈絡なんてなんのその。ついさっきまで大通りに美味しいクレープ屋さんが来てるよと言っていたのに、次の一言目はよく焼いた肉にかぶりつきたいねえ、だったりする。

「何だ、少年。気乗りしないか? 花火だぞ? こどもは花火が好きなものじゃないのか? ちなみに私は大好きだ。気持ちが若い証拠だな!」
「わかいんじゃなくてこどもっぽいってコトじゃないの」

 生意気な! とお姉さんがぼくの頭を片手でわっしゃわっしゃと撫でてくれやがるので、些細な抵抗の意志を込めて脇腹をつついた。お姉さんは脇腹が弱いらしい。笑いながら身を捩ると、一歩、二歩、三歩と跳ねるように先へ行った。

「少年、花火は好きか?」
「好きでも嫌いでもない」
「そうか。私は大好きだけどなぁ、少年とする花火」

 近所の浜辺には人っ子一人いない。ここよりも先にもっと大きくて海の家も沢山ある海岸があるから、そのせいだと思う。
 お姉さんはサンダルを脱ぎ捨てた。砂の感触が心地よいんだ、と以前言っていたのを思い出す。

「ほら少年。好きなのを取るがいい。私は何せ、大人だからな! 若人に好きなものを選ばせてやれる余裕がある!」
「はいはい」

 ふふん! とこどもっぽく胸を張るお姉さんに苦笑いを向けながら、適当な手持ち花火を一つ選ぶ。お姉さんはポケットから真っ赤なライターを取り出した。

「──少年、花火は好きか?」
「……嫌いじゃない」
「そうか。よかったよ」

 火薬の弾ける音。臭い。しんと静まり返った浜辺に、花火の散る色が咲いた。

「お酒も買ってくればよかった」
「お姉さん酔うとめんどくさいから、やだよ」
「美人なお姉さんの介抱が出来ていいだろう?」

 べ、と舌を出してみせれば、なにおう! と眦を吊り上げて、──それでも唇には弧を描かせる。こどもっぽいようで、その実、年相応なお姉さん。

「……ああ、あとは線香花火だな。ほら、端を持って持って」

 砂浜に座り込んで、二人で額を突きあわせて線香花火を見守る様は、なんというか、傍目から見たらおかしな光景そうだ、と思った。ばちばちと弾け、落ちてはまた次のを持って。どちらが先に落ちるかとか、最初の内は言い合っていたものの、夜も更け、数も減るにつれて声を出すことも減って行った。

「少年」
「なあに」
「また来るよ。ここは良い街だからな」

 冬の終わりに此処へ来て、夏も半ばとなると何処かへと旅立っていく。
 ──だから、ぼくは本当は、花火なんて。

「お姉さんはいつも花火だ。芸がない」
「おや。二人きりで思い出づくりと言ったら、浜辺で花火だろう?」
「そんなの知らないよ!」
「……少年。寂しいかい?」
「べつに。どうせまた来年来るんでしょ、知ってるし」
「生意気な! 全く、可愛くない」

 唇を尖らせたお姉さんの線香花火の、種が落ちた。

「少年、」
「……なにさ」

 真っ暗な浜辺。雲の切れ目から、月がこちらを覗き込んでいる。
 喧噪とはほど遠い静寂の中、顔をお姉さんのほうへと向けた。

「また来るよ」

 お姉さんが立ち上がった。ぼくも立ち上がった。
 裾についた砂を払って、お姉さんはうんと伸びをした。
 それから、いつもぼくとぎゅっと抱きしめる。こどもにするみたいに。

「お姉さんはぼくのことが好き過ぎると思うよ」
「違うだろう、少年が私のことを好き過ぎるのさ」

160717

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