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秘色/雨月/想いを馳せる

 今頃、下界では雨が降りしきっている頃だろうか。天上にいる、己には全く関係の無い事だけれど、と思考を閉ざして月を見上げる。どこか薄ぼんやりとしたまあるい球体。今日は月が満ちる日だという。だからなんなんだ、という思いの方が遥かに強く、僕は早々にそれから視線を外していた。綺麗だと思う心なんて、僕には無かった。

***

 今日は十五夜の夜だと言うのに、異世の空は生憎の雨模様。黎鴉たちが一生懸命に作って提げたてるてる坊主が哀しそうに揺れていた。たぷりと揺れた水瓶の水面を雨が叩いている。張った雲の向こう、薄らとだが確認できる月の光はやはり曖昧としたもので、とても綺麗、等と言えたものではない。苦笑いを浮かべて、視線を外そうとする。

「幻さん、お隣いいですか」
「椛さん。お仕事は終わりですか?」
「ええ、帳簿も付け終わりましたので」

 少し休憩に、と持ってきた徳利を揺らすと、ちゃぽんと水が揺れる音がした。徳利には『雨月』と記されたそれは、酒の銘という奴だろうか。くてりを首を傾げると、心を読んだかのように、椛が口を開いた。

「この日本酒──雨月、と言うんです。今日のような日の事ですね」
「雨で月が見れない夜、とかそういう?」
「正しくは、名月が雨で見られない……と、そういった意味ですね」

 徳利から盃にそれを注ぎ、雨模様に空を仰ぐ。
 細められた紅は、どこか遠くを見つめているような。

「晴れたら、皆喜んだだろうにね」

 青空を体現したような髪を湿った夜風に揺らす。そうですね、とどこか愉快そうに笑いながら言った椛を見ると、一口、酒を煽った。

「でも……これもまた、よいものですよ」
「そうかな? 折角の綺麗な月なのに、雲で隠れて見えないのは、勿体ないんじゃない?」

 神で在った頃を想う。あの時はただのまあるい球体としかとらえられなかったけれど。ここに来て、初めて下から月を見上げて。──嗚呼、なんて綺麗なんだ、と思ったのだ。こんな風に感動できる心を与えてくれた、向日葵の彼女も、同時に想って。

「そうですね……確かに残念では、ありますが」

 ──あの雲の向こう。薄ぼんやりと光を放つその月が。

「より美しい姿を、私たちに見せる為に雨を降らせている……なんて、考えたら。少し、待ちたくなりませんか?」
「……そんな、考え方が、あるんだね……」

 まばたきを二回。ずっと椛に向けていた視線を改めて、雨模様の空へ向ける。──ああ、人の発想は何時の世も、面白い。
 知らず知らずのうち、口元には愉しげな笑みが浮かんでいた。

 何時か、何時かまた、向日葵の彼女と出会えた時。この話を教えてあげよう、と、遠い未来に、想いを馳せて。



(#和の文字パレット 18番)

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