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神である証明式

 ──夢の中を揺蕩うような心地だった。
 何時か見たかも知れない夢。何時か果たしたかも知れない約束。何時か添い遂げる筈だった夫婦。交わした約束だけを胸に思い出を磨く少女。

 アカシック・レコードと、人は言う。
 目にするもので形を変えるその記憶媒体は、人の一生を映すそれだった。

 “フィニストリア”の場合、それは本として姿を現していた。
 壁一面の本棚にずらっと並んだそれらの一つ。背表紙に指を掛けて、赤茶けた革表紙の本を取り出した。

 随分と薄い。絵本のような形を現したそれは、中身もそれと変わらない。

 少女の短い一生を描いたものだった。
 もうすぐこの本は、闇に消ゆる。この世界から失われた魂は、根っこへと返り、廻って、またどこかへ生まれ直す。

 それが、ここかどうかは分からない。──行先をここと定めるくらい、フィニストリアには容易いことではあったが。

 変哲のない──悪く言えば変わり映えのしない──一生だと言えようか。この神にしてみれば、全ての人の一生など、全て同じに変わりない。どれも同じ。最上の存在は下々の区分けなどいとも容易く踏み躙る。

「今度は“しあわせ”が見つかるといいね」

 “しあわせ”探しの旅に出ていた少女は、足を滑らせ川に落ち、その生涯を綴じたようだ。フィニストリアに“しあわせ”という概念は理解できないが、恐らく物質的な何かで無い事だけは理解できた。
 ──それ以上の理解など、する必要がないということも、わかった。

 手慰み。神の気まぐれの言葉は、円環に導かれた魂になど、到底届くわけもなく。

 幻想神が一柱は本棚から目を逸らして、花瓶の花をつついた。

 触れた端から生気を漲らせた蒼い花に、まるで笑うかのように口元を綻ばせたその姿は、人の子であったように見えたかもしれない。空色に移り変わる長い髪を風に遊ばせ、青空を瞬かせた幻想神は、消えゆく本たちに視線を向けることすらなく。
 ただ、美しく咲き誇る花だけを、一心に見詰めた。



(フィニストリア)

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