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壊れたピアノ

 お屋敷には一台、グランドピアノがあります。百年前程の代物だそうです、もう弾くことは叶いませんが。昔は、マスターも良く弾いてくださいました。このピアノ、繊細なものらしく、今は直せる人間がいないそうです。──寂しい、話です。
 私の記憶に、今も鮮明に残るあの演奏会。
 少しだけ……ええ、少しだけ、懐かしく思います。

「ここにいたんだ」
「マスター。……失礼致しました、少々物思いに」
「構わないよ」

 にこやかな表情。白い指が、鍵盤をやさしく撫でました。
 ──もう聞けないはずの、あの音色が、聞こえてくるような、錯覚を、覚えました。


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