夢のあとさき
80

私たちが大いなる実りの間に踏み入った瞬間、大きな揺れが襲ってきた。何事かと思って辺りを見回す。ここはどうやら大いなる実りの間の上部らしく、下の方に大いなる実りとロイドたち、そしてそれに対峙するミトスの姿が見えた。この揺れはどうやらミトスの仕業のようだ。
建物が軋む音がする。揺れのせいで建物が崩壊しつつあった。足場が崩れそうになって慌てて避ける。視界の端にロイドへと破片が降りそそいでいくのが見えて息を呑むが、ゼロスが間髪入れずに魔術で粉砕してくれたようだった。
みんなが驚いている間にゼロスは下へと飛び降りて、コレットにすかさずなにかを着けるのが見えた。あれは……要の紋か?コレットはマーテルの器とされるために要の紋を取りあげられていたようだ。
「大丈夫か、ロイド!」
ゼロスのその声にロイドだけではなくミトスも振り向く。そして憎々しげにゼロスを睨み付けた。
「何をするんだ!どういうつもりだ!マナの神子から解放してほしいんだろう?」
「わりぃな。……それ、もういいわ。おまえらを倒しちまえばそんなこと関係なくなるしな」
ゼロスが肩を竦めながらもミトスを睨み返す。その瞳を見ればもう彼が何を思って行動しているのかは明らかだった。
「ゼロス!やっぱりもどってきてくれるのか」
「悪かったな。こうでもしないとこれが手に入らなかったんだ。……ほらよ」
ロイドに投げてよこしたのはアイオニトスだろう。ロイドは受け取ったものをまじまじと見つめてから顔を上げた。
「そいつをドワーフの技術で生成するんだ。人間でもエターナルソードを使えるようになるらしいぜ」
「おまえ、まさかこれを手に入れるためにわざと……」
「そういうこと」
私もようやく下に飛び降りる。続いてクラトスも降りてきて、ロイドはこれ以上ないくらいに目を丸くした。
「姉さん!怪我は平気なのか!……それに、クラトス、あんたも……!」
「クラトス!またボクを……裏切るの?」
ミトスもクラトスの登場は見過ごせなかったらしく、ゆれる瞳で問いかけてくる。その声は痛々しいくらいの切なさに満ちていた。
「……裏切るつもりはない。私は悔いているのだ。おまえを止められなかったことを」
それにクラトスは静かに答えた。静かすぎて、言っている内容が一瞬分からなかったくらいだ。
私は自分の後ろにいるクラトスを振り向いた。そしてロイドを見る。ロイドは嬉しそうな顔をしていた。
「じゃあ、また一緒に……!」
その無垢な思い私は身じろいだ。ロイドの感情はいつだってまっすぐで、それがひどく羨ましくなる。ゼロスのことも、クラトスのことも。受け入れるのにきっと躊躇いはないんだろう。
「――我が過ち。今度こそ共に、正させてほしい」
私は胸元のペンダントに手をやった。歯を食いしばる。ロイドがクラトスに何と答えたかは聞こえなかった。ただ、耳についたのはミトスの憤怒の叫びだ。
「くそ!姉さまを返せ!」
「さようなら、ミトス。私の最後のお願いです。この歪んだ世界を元に戻して」
それにコレットが――いや、コレットの中にいるマーテルが答える。本当に器として適合してしまったようだ。もっともコレットのこころは失われていないので、要の紋で抑制すればマーテルは消えてしまうのだろう。
「いやだ、姉さま!……いかないで!」
「こんなことになるのなら、エルフはデリス・カーラーンから離れるべきではなかったのかもしれない。そうしたら、私たちのような狭間の者は生まれ落ちなかったのに……」
いつか私が思ったようなことをマーテルは言って、そしてコレットの体から抜けていった。崩れ落ちそうになるコレットに咄嗟に駆け寄って彼女を抱きしめる。その体はあたたかくて、なんだか安心した。
「……そうか、そうだったんだ」
ミトスの声に悪寒がする。私はコレットを抱きしめたまま少年を見つめた。
「あは……はははは……姉さまはこんな薄汚い大地を捨ててデリス・カーラーンへ戻りたかったんだ。そうだよね。あの星はエルフの血を引くものすべてのふるさとだものね」
マーテルの言葉を、そして彼女が自分を否定したことを受け止めきれなかったのか、ミトスはそう言葉をつむぐ。ゆらりと上げた顔は狂気に満ちていた。そうだ、正気などではない。ただ一人の姉のためにこの世界すべてに犠牲を強いてきた、四千年も生き続けたミトス・ユグドラシルは正気などではないはずだ。
そしてその姉に否定された今――彼の心のうちは私が想像できるようなものではないだろう。
「ミトス……?」
ジーニアスの声すらも聞こえていないようにミトスは言葉を続けた。
「わかったよ、姉さま。こんな薄汚い連中は放っておいて二人で還ろう。デリス・カーラーンへ」
そしてミトスは大いなる実りへ振り返る。その手を掲げるのに追従するように、大いなる実りはゆっくりと上昇していく。まずい、よく分からないがこれはまずい。
思わずコレットを抱きしめる力が強くなる。すると私の腕にコレットの手がのせられるのを感じた。
「みんな!ミトスを止めて!私の中にいたマーテルが私に呼びかけるの!マーテルは……ミトスを止めてほしいのよ!」


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