夢のあとさき
63

翌朝、これからの指針を考えるために私たちは居間に集まっていた。
「このあとどうするの?」
ジーニアスが切り出すので、私は持っている情報をみんなと共有することにする。
「コレットの病は永続天使性無機結晶症というものだと聞いた」
「誰からだ?」
「ユアンからだ」
「治療法については聞いていて?」
リフィルに訊かれて私は首を横に振った。
「クラトスからは、古代大戦の資料をあたるといいとか言われたけれど……」
「俺もだ。あと、ユニコーンがどうとか」
ユニコーン?何かが頭の片隅に引っかかる。あのとき、ユウマシ湖でユニコーンが言っていたのはなんだったか。もしかするとクラトスの言っていた、もうコレットの病を治療できるものと出会っている、というのは――。
「あいつ信用できるのかねぇ」
クラトスから聞いたと言われてゼロスが不満げに鼻を鳴らす。私はそれに反論した。
「いや、古代大戦の資料を当たるべきというのは恐らく正しい」
「そりゃまたどうして?」
「――永続天使性無機結晶症は、マーテルと同じ病だからだよ」
「マーテルと?」
ジーニアスが首を傾げる。みんなマーテルと聞いてぴんと来ていないようだったが、リフィルだけはあっと声を上げた。
「なるほど。マーテルの器となり得るコレットは、マーテルと同じ病になってもおかしくない……いえ、なって当然ということね」
「そう。ユウマシ湖でユニコーンが言っていたマーテルの病というのはこのことなんだろう。そしてマーテルは大いなる実りに寄生しているから古代大戦の時代の人間で間違いないと思う」
そして勇者ミトス――ユグドラシルと何らかの関係があるのだろう。それも古代大戦の資料を見ればわかるだろうが、探す暇があったらということにしておく。
「じゃあ、テセアラに行くんだな。アルテスタさんのところへはどうする?」
「どちらにせよ一度看てもらったほうがいいんじゃないかな」
「わかった。よし、行くか!」
ロイドの言葉で私たちは立ち上がった。親父さんにいってきますを告げてレアバードに乗り込む。
私はテセアラへの時空移動を体験するのは初めてだ。一度目は気を失っていたし、レネゲードに連れられてこちらに来たときは天使化していたのでほとんど記憶にない。少しわくわくしながらレアバードの操縦桿を握った。

アルテスタの家にはアルテスタと自動人形のタバサ、そしてもう一人見知らぬ少年がいた。
「おまえさんたち!おまえさんたちがこうしてテセアラに戻ってきたということは、世界は……」
ロイドたちはアルテスタに事情を告げてから最後の精霊と契約しに向かったのだろう。
そういえば、クルシスの情報もアルテスタから聞いたと言っていた。ドワーフの技術を持ち、もともクルシスに属していたアルテスタはかなりの重要人物でもある。事情を話さないわけにはいかなかったのだろう。
テセアラでは予測されていたように地震があったらしい。他の地方では大したことなかったようだが、アルテスタの家の前では一部落石のようなものがあった。
「このあたりでは崩落や土砂崩れがありまシた。ソれでミトスサんが……」
ミトス?私は思わず金髪の少年の顔を凝視してしまった。彼の名前は、ミトスというのか。
「……あれ!ミトス、どうしたの?怪我してるじゃない!」
「あ……これは……もう大したことないから……」
ジーニアスが心配そうに声をかけるが、ミトスという少年は首を横に振って微笑んだ。落石があったときにタバサを庇って怪我をしたらしい。
ミトス、という名前にもしやと思ってしまったが、別段珍しい名前でもないし……偶然だろうか。
「タバサを守るなんてしっかりしてるぜミトス。俺たちを助けてくれたことといい、おまえ、本当にいい奴なんだな」
感動しきりといったふうに瞳を輝かせるロイドにミトスはどこか居心地が悪そうに歯切れ悪く言った。
「……そんなこと……ないよ」
「ミトスは……優しい……です」
「そうだよ!姉さんがいなくなったときもいっしょに探してくれたし。ボク、ミトスのこと大好きだよ!」
「……ありがとう」
ジーニアスはかなりミトスと親しいらしい。年も近いし、気が合うのだろうか?あとで話を聞いておこうと思う。
「……いい奴か……」
私の耳に届いたのはゼロスのつぶやきだった。天使化して敏感になった聴覚でなければ聞こえたかどうかわからないくらいのつぶやきだ。意味ありげなそれに、ゼロスとミトスになにかあるのではないかと一瞬勘繰ってしまったが、アルテスタの言葉に思考が切り替えられた。
「コレットの病じゃが、おそらく永続天使性無機結晶症じゃろう」
「やっぱりそうなのか」
「知っておるのか?」
私の言葉にアルテスタが反応する。私は腕を組んで頷いた。
「名前だけだ。あなたのほうが詳しいと思うから、説明してほしい」
「いいじゃろう。永続天使性無機結晶症は百万人に一人という輝石の拒絶反応じゃ。しかし治療法ははるか昔に失われたと聞いておる。古代大戦の資料を見ればあるいは……」
アルテスタに少し期待していたものの、彼にも治療法は分からないらしい。だが古代大戦の資料を見るべきというのはクラトスも言っていたことだし、何かあるのは違いないだろう。
「やっぱり古代大戦か……。古代大戦の資料ってどこを探せばいいんだ……」
「確かサイバックにミトスの足跡を中心にした資料館があったな」
リーガルが答える。サイバックなら資料が豊富だろうなと私も頷いた。
資料館へは行ったことあるというミトスの案内で行くことになった。話がまとまったところでミトスからこちらに視線を向けてくる。
「そこの人は、ロイドのお姉さん?」
「あっ、レティはミトスに会ったことなかったんだっけ?」
そうである。ジーニアスの言葉に私は頷いた。
「レティ、さん?ボクはミトスっていいます」
「ロイドの姉のレティだ。よろしく」
微笑んで手を差し出されたので私も右手で握り返す。エクスフィアはつけてない……か。当然かな。テセアラでつけているのはレネゲードに貰った人たちくらいなはずだ。
「ミトスはどうしてここに?」
「オゼットの村に雷が落ちてきて、天使さまに襲われてしまって……。倒れていたところをロイドたちに助けられて、ここで面倒を見てもらってるんです」
「天使……?そうか、大変だったんだな」
ミトスは曖昧に微笑んだ。しかし、天使が村を襲った――か。何故だろう、オゼットになにかあったのか?リフィルに視線をやると後で話すというふうに首を横に振られた。
「あの、ボクはハーフエルフなんです」
「ん?そうだったのか。どうりで利発そうな顔をしていると思ったよ。ジーニアスと気が合いそうだね」
「そうだよ!ボクたち友達だからね!」
ジーニアスが声を弾ませて答える。本当に嬉しそうだ。イセリアでは少し浮いていたジーニアスが一番仲が良かったのはロイドだったが、少し年が離れてもいる。同年代の、対等に話ができる友達ができて嬉しいんだろう。
「よかったね、ジーニアス。少しの間だけどよろしく、ミトス」
「はい」
気になることはあるが、一緒に行動するなら良好な関係を築いていたほうがいいだろう。私はジーニアスと仲良く会話するミトスを見てそう思った。


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