夢のあとさき
61

家に帰るのは本当に久しぶりだ。旅に出た当初はホームシックになったこともあったなあと見知った森の雰囲気に思わず笑みがこぼれる。
親父さんは庭に出ていた。私たちに気づいて驚いた顔をする。
「ロイド!それにレティ!」
「親父!元気か?地震の影響はないか?」
「親父さん!ちゃんとご飯食べてる?寝てる?無理してないよね?」
「このあたりはかたい岩盤の上だからな。みんなぴんぴんしとるわい。レティ、おまえさんこそちゃんと食べてるのか?少し痩せたんじゃねえのか」
「そんなことないよ。元気だよ」
痩せたとしたら鍛えたせいで脂肪が落ちただけだと思う。それはそれで喜ばしいんだけど。
「ダイク殿、村のマナの血族より依頼を受けてきた。コレットを看てほしいそうだ」
再会を喜び合っていた私たちの間にクラトスの声が落ちる。そうだ、喜んでいる場合ではなかった。コレットのことが分かるなら早く看てもらわないと。
私たちは家の中に場所を移してことのあらましを親父さんに話した。しかし、親父さんには詳しいことは分からないそうだ。アルテスタのところへ行くしかないだろう。
それか、古代大戦の資料を探しに行くか――どちらにせよ、今日のところは家で休むことになった。
「……私は失礼する」
「お、おう……」
クラトスはおもむろに立ち上がって家を出る。親父さんは少し呆然としていたが、その後をロイドが追いかけて外へ出ていった。
私はため息をついて階段の手すりに手をかけた。
「親父さん、気にしなくていいよ。私はみんなの寝る場所の準備しておくね」
「そうだな。帰ってきて早々悪いが頼む」
「私もお手伝いしよっか?」
コレットが立ち上がるが、隣のリフィルがすかさず諫める。
「コレット、あなたはゆっくり休んでいなさい。私が手伝うわよ」
「ボクも!」
「ジーニアスはロイドが戻ってきたら相手してあげて。コレット、上で休もうか?」
「……じゃあ、そうするね」
テセアラ組はお客さんの扱いだが、リフィルは何度か来たことがあるし、コレットとジーニアスに至っては数えきれないくらいここを遊び場にしていた。なので遠慮はいらないだろうと三人で階段を登る。
「クラトスさん、帰っちゃうのかな」
先ほどロイドが出ていったままなのが気になるのだろう、コレットが呟いた。私は肩を竦めて階段の先を見つめる。
「帰るんじゃないかな」
「でも、せっかくまた一緒に戦えたんだよ?」
「コレット。あの人はね、私たちと立場が違うんだよ。あなたの病気のことも――ずっと知っていたのに言わなかった」
早く伝えてくれればよかったのだと恨む気持ちは消えない。苦々しげに吐き出された言葉に自分で気付いてしまった。それを取り繕う気はもうない。
「そなの?私が黙ってたからじゃないの?」
「違うよ。クラトスは知ってて黙ってたんだ。あの人はまだ、味方なんかじゃない」
「……敵じゃないかもしれないのに?」
「……」
そう、敵ではないかもしれない。戦いは回避できるかもしれない――そう思ってしまう。クラトスはこの大地を見捨てなかった。それはあの人本人の考えなのだろうか。
「さあね。コレット、ちょっと待ってて。シーツ一応取り換えるから」
これ以上考えたくなくて話を切り上げる。
私のベッドは長らく使っていないので埃っぽいかもしれない。そう思ってシーツをひっぺがし、リフィルに手伝ってもらって新しいものに取り換えた。
「レティの部屋、久しぶりだね」
ベッドの上に座ったコレットが辺りを見回して微笑む。確かに、私がいない間はコレットも部屋に入ることはなかっただろう。
「そうだね。ご飯のときに呼ぶからそれまでゆっくりしてて」
「うん。ありがと。……あの、マントも」
コレットはぎゅっと自分の体を抱きしめた。その服の下にはきっとあの結晶化した皮膚があるんだろう。私はコレットの頭に手を置いた。
「どういたしまして。ゆっくり、休んでてね。……思い詰めないで」
「……レティ」
髪を梳くように頭を撫でる。コレットの金髪はいつもさらさらで触り心地が良くて、ちょっとうらやましかった。
さて、寝床の準備をしないと。私はコレットの髪から手を離して背を伸ばした。部屋の出口ではリフィルが待っていた。
「じゃあ準備しようか、っと」
「そうね」
「お布団運ぶから、手伝って」
「わかったわ」
リフィルと一緒にしまわれていた布団を広げる。ちょっと埃っぽいけど、きれいなシーツをかけたらいいか。
こんな作業をしていると、自分がどんな状況に置かれているか忘れてしまいそうになる。クルシスの輝石で――天使化してしまったことも。家は旅に出る前と何も変わらないのに、私が、世界の状況が、まるで違っていた。
このまま平穏な日々を過ごしていたいと思う。それはまやかしの平穏だ。人々がすがりついているのはユグドラシルがひっくり返した砂時計から零れ落ちるほんのわずかな幸せなのだ。それを繰り返すには、私は知りすぎてしまった。
黙々と作業を続ける。リフィルが何度か何かを言いたげに口を動かしたが、結局私たちの間には他愛のない会話しか生まれなかった。


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