夢のあとさき
51

治癒を受けて傷を癒しながら、私は部屋に監禁されたままだった。ロイドたちは無事コレットを助けられただろうか、それが心配になる。
「コレットの病気のことも、ユアンに訊いてみるか」
クラトスが「例の疾患」と言ったとき、ユアンは納得したようだったのできっと知っているだろう。それと、精霊の楔のことも尋ねてみなければ。ユグドラシルへの抵抗勢力のトップらしきユアンなら私の求める答えを持っている気がする。
もっとも、クラトスのように答えてくれないかもしれないけれど。
はあ、とため息をついた。とりあえずしばらくはここにいなければならない。天使化するとしても、感情を取り戻すまではロイドたちのもとへ戻れないだろう。コレットならまだしも、私が羽を出して飛び回りでもしたらクルシスがどんなことをしてくるか分からない。最悪輝石を奪われるかもしれないのだ。
私が声を出せなくなり、心を失ったときのことを考えてロイドには手紙を残しておいたわけだが、ゼロスは渡してくれただろうか。ロイドには私を助けるなどと無駄なことはせずに旅を続けてほしい。精霊の契約に関しては心配だが、全て終えるにはまだ時間がかかるだろう。
そんなことを考えて眠ることのできない夜を過ごす。ユアンは治癒術師を連れてきてからこちらには来ていない。再び彼が訪れたのはしばらく後だった。
「レティシア、ロイドたちは精霊と契約して回る気なのか」
ユアンがそう聞いてくるので頷く。
「マナの流れが断たれると言っていたから、そうする気だろう。精霊の楔にはそれ以外の役割があるのか?」
マナの流れとあの地震は関係あるのだろうか。そう思って尋ねる。
「ある。今二つの世界が隣あって存在できるのは精霊の楔によってつながれているからだ」
「それは精霊も言っていたな」
「そして大いなる実りの守護の役割も担っている」
「大いなる実り……!」
本当に存在するのか。私が食いついたのにユアンは何度か目を瞬かせてから小さく笑った。
「はは、お前がマナの守護塔で探していたのはこの話だったか」
「そうだ。大いなる実りとは一体なんなんだ?本当に勇者ミトスの魂なのか」
「あれはおとぎ話だ。大いなる実りとは大樹カーラーンの種子だ」
「ではなぜ四千年の間に発芽していないんだ?」
「よく考えているな。……大いなる実りにはマーテルかクルシスの輝石の力で寄生しているのだ。そのマーテルを生きながらえさせるためにデリス・カーラーンのマナは全て捧げられている」
「デリス・カーラーンのマナ……?」
ええと、と考えてみる。デリス・カーラーンはエルフたちの故郷だ。しかしあれは彗星だったのではないか。大地の近くにあるとは思えない。
「デリス・カーラーンは巨大なマナのかたまりでできた彗星だ。それをユグドラシルは大地につなぎ留め、この四千年間絶えずマーテルの心を消滅させまいとマナを放射しているのだ」
「種子が発芽するとマーテルはどうなるんだ」
「大いなる実りに取り込まれ消滅する」
「だから……マーテルの復活を阻止すると言っていたのか」
つじつまがあった。そしてこの歪んだ世界を変えると言うのも、大いなる実りが発芽さえすればマナの量が十分になり、搾取しあうシステムが不要になるということだったのだろう。真にユアンの目的が私と一致していることにほっと息をついた。
「しかし、精霊の楔が抜けたら大いなる実りの守護が弱まるということだろう。それはどうなんだ?」
「かまわぬ。守護といったが、あれは大いなる実りの成長を妨げるものだ。抜いてもらわねば発芽は叶わないからな」
「つまり……ロイドたちのしていることはあなたに都合がいいということか」
召喚の才能を持っているのは現時点でしいなしかいない。そのしいながロイドについているのはかなりの幸運だった。ロイドも精霊との契約には乗り気だったし。
「すべての精霊と契約すれば大いなる実りは成長でき、マーテルは消滅する。二つの世界はどうなるんだ?……私は、この世界がもともと一つだったのではないかと思ったんだが」
「その通りだ。二つの世界のマナの流れは断たれるだろうが、大いなる実りが二つの世界の中心に存在している限りは問題ない。二つの世界を一つに戻せることができれば一番いいのだがな」
「できるのか」
ユグドラシルができたのだから、手段がないというわけではないだろうが……。ユアンを見上げると、ユアンはどこか複雑そうな表情で私を見下ろしていた。
「……可能だ」
「どうやって?」
「時が来れば分かるだろう」
ユアンがはぐらかすので結局教えてはもらえなかった。そのかわりにあといくつか疑問に思っていたことを訊くことにする。
「ユグドラシルとマーテルはどういう関係なんだ?大いなる実りの発芽を犠牲にしてまでマーテルの心を生かすなんて普通じゃないだろう」
「知ってどうする」
「では……ユグドラシルと勇者ミトスは同一人物なのか?」
「!」
ユアンが驚いた顔をする。それがほとんど答えだった。
ミトスが精霊と契約してたと仮定すると、そうでないとおかしいのだ。大いなる実りの成長を妨げるような守護を精霊によってユグドラシルは完成させていたと思われる。そして世界を二つにするなんてこともまた、精霊の力によって行われたと考えるのが自然だ。そんな力を持つ精霊がいるのは仮定にすぎなかったが。
「本当に同一人物だったとはね。知ったところでどうってこともないけど」
「……そうだな」
そう、知ったところでユグドラシルの弱点を突けるわけではない。ただ、自分の敵が古代大戦の勇者だったことを知ってその強大さにひるんでしまうだけだ。
「最後にもう一つ訊きたい。コレットの疾患とは何だ?」
これが本命だ。ユアンはため息をついて私を見た。
「あれは永続天使性無機結晶症だ」
「……というと?」
「クルシスの輝石の拒絶反応だな。百万人に一人あらわれるといわれているものだ」
「いや、そんなことよりどうなってしまうか聞きたい」
何万人に一人だろうとコレットがなってしまったのは確かなのだ。どんな症状がでて、どうなってしまうのか。それが問題だ。
「端的に言えば、全身がエクスフィアになる病気だ」
「っ!それじゃあ、コレットは……!」
「死ぬな。だが案ずるな。此度の神子はマーテルへの適合率が高い。クルシスが放っておくとは思えん」
「クルシスには……治療法があるのか」
訊きながら、クラトスが言っていたことを思い出していた。クラトスが知っているならクルシスの知るところであるだろう。
「あるだろうな」
「ユアンは知らないのか?」
「知っていたとしても、今のお前に教えたところでどうにもなるまい」
「……」
そうだ、私はこの部屋に監禁されたままだし、じきに天使化して心を失ってしまうだろう。感情を取り戻すまではきっとなにも成せないのだ。
「しばらくは大人しくしておくことだ」
ユアンにそう言われて俯く。
せめて、ロイドがちゃんとした要の紋をアルテスタに作ってコレットに渡してくれたらいいんだが。そう思わずにはいられなかった。


- ナノ -