夢のあとさき
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ゼロスがミズホの里の話――建物が金でできてるとか、里の人間は霞を食べてるだとか、鯉が空を飛ぶだとか――をしてるのを聞きながらミズホの里へ向かう。
まあ里は少し雰囲気が独特だったけど普通の村だった。絶対嘘だと思ってたから期待はしていない。本当に。なんでも切れるけどコンニャクだけ切れない刀とか見たいと思ってない。本当に。
しいなは村の入り口で男性に責める口調で問い詰められていたが、副頭領に報告をしに行った。私たちは家の前で待てと言われて、待っている間に囚人が意識を取り戻す。どうやら節度のある人のようで暴れるということはしなかった。
そんな囚人も一緒に副頭領の家に案内される。頭領は病のため、副頭領が話をしてくれるらしい。
テセアラ王家とマーテル教会に追われる身となったミズホの民――まあこっちにしいながついていたわけだし、ミズホもこうもりをしているようなものだったが――は本格的に私たちに協力するかどうか決めあぐねているようだった。テセアラに来て何を成すのか、クラトスに訊かれたのと同じ質問にロイドは今度こそ答えを用意していた。
「俺はみんなが普通に暮らせる世界があればいいと思う。誰かが生贄にならなきゃいけなかったり誰かが差別されたり、そんなのは……いやだ」
それは理想論だ。だがロイドはことを成すつもりだった。「人やエルフに作られたものなら、俺たちの手で変えられるはずだ!」その言葉に私も内心で頷く。
コレットが再生の塔へ向かう前に大いなる実りの話をしたとき、四千年間成し得なかったことを成せるのかというクラトスに反論できなかった。シルヴァラントの民はどうするのか――だが、今はもう決断を下してしまっている。コレットを犠牲にすることはできない。テセアラまで来て、私たちにできるのは真にこの世界を救うことだ。歪んだ世界を正して、搾取しあうなんて仕組みはなくさなくてはいけない。
ユグドラシルが何を考えているのかは分からない。けれど、英雄ミトスのようだと揶揄されてもなおしっかりと答えるロイドに私も勇気づけられる気持ちだった。
「俺はミトスじゃない。俺は俺のやり方で仲間と一緒に二つの世界を救いたいんだ」
英雄ミトス。おそらく精霊とも契約をしていた過去の人は謎が多い。ユグドラシル、マーテルとも何らかの形で関わりがあるのではないかと思うが今は手掛かりが少なすぎた。
ロイドの言葉に副頭領は協力を約束してくれた。条件はあったが、まあこの里の民も人がいいのだろう。もしくはもう打つ手がないというのも考えられるが、とにかく隠密に長けた人たちの手が借りられるのはかなり大きいだろう。
ミズホの民との協力関係を築けたところで次は囚人の措置についてだ。リーガルと言うらしい彼は、ゼロスの提案であっさりと私たちにとりあえず味方して戦ってくれることになった。といっても、プレセアがきちんと話をできるようになるまでだけど。
ミズホの里でしばらくかくまってもらったおかげで教皇の追っ手の姿はなくなっているようだった。今度こそドワーフのもとへ、と思ったところでプレセアが呟く。
「……私……村へ帰りたい……」
「そっか……。オゼットが先かな」
「そうね。プレセアのご両親も心配しているでしょう。まずオゼットから行くべきね」
ロイドの提案にリフィルも頷いた。

その前に、日が暮れそうなのでミズホの里と森の間あたりで野営をすることになった。あたりの魔物を退治したり火を熾す枝を集めたり各々行動する。私はロイドとリーガルと魔物殲滅係で、改めてリーガルの武術に舌を巻いたりしていた。うん、確かにゼロスの言う通り戦わせないのはもったいない人材だ。
「なあ、リーガル。あんたなんでそんな手枷をつけてるんだ?」
ロイドは興味津々といったふうにリーガルに話しかけている。人見知りとか辞書にないタイプだからね、ロイドは。
「……これは我が罪の象徴」
リーガルは端的に答える。ロイドは首を傾げていた。
「……手枷が象徴する罪?」
なんだか真面目に考えてるっぽいけど、こういうときのロイドは見当違いのことしか言わない。黙らせるか悩んだけど放っておいた。
「わかった!手枷泥棒だな!」
「……」
深いため息をつくリーガル。すみません、うちの弟が。
「ロイド……。あのねえ、手枷なんか泥棒して何になるんだ」
「確かに!じゃあ、周りの人に手枷をつけて回って、迷惑をかけたとか」
「……」
今度は私がため息をついた。
「……すまない。もう少しわかりやすく話してやればよかったな」
「ロイド、手枷つけて回る人に見えたなら謝りなさい」
「えっ、ええ〜〜?なんだよ二人して……」
私とリーガルは顔を見合わせた。ちょっと通じ合えた気がしたのだった。
とはいえ、リーガルの手枷は気になるものである。手枷が象徴する罪というと、手を使って何かをやらかしたというところだろうか。そしてリーガルは下水道では減刑を求める囚人たちと共に行動していた。減刑が必要なくらい重い罪を背負っているということになる。
人には事情があるものだ。言わない方がいいかと思って話を逸らす。ロイドは拗ねて一人で剣を振り回していたけど放っておいて平気だろう。
「でも、手枷つけたまま戦うのは珍しいな。どこで武術を習ったんだ?」
「牢の中で、出会いがあってな」
「へえ。囚人にも色々な人がいるんだ」
リーガル含む、である。この人はどうも真っ当な感性を持っているように見えた。エクスフィアのことを気にかけていたことを考えると、エクスフィアの実験――エンジェルス計画関連に巻き込まれたのだろうか。
「レティといったか。おまえも、エクスフィアをつけているのだな」
リーガルの視線は私の左手にあった。私も自分のエクスフィアに視線を落とす。一応他の人は戦うための手段として着けていることを断ってから説明する。
「幼い頃に実験体にされていたらしくてね。私のはそのときにつけられたものだ」
「……おまえも、そうなのか」
「リーガルの知り合いの誰かも実験体だったんだね?」
確認するように言うとリーガルは躊躇ってから頷いた。プレセア、ではないだろう。プレセアはやっぱりリーガルのことを知らないようだし、リーガルのプレセアへの態度もどこか妙だ。
「忌々しいものだ。でも、戦うためにこれを外せない自分の非力さも忌々しい」
「……そうだな」
「エクスフィアのために多くの人が犠牲になる。それは、許せないことだ」
お母さんも、プレセアも、リーガルの知り合いも。コレットだってクルシスの輝石はエクスフィアの進化形であると考えるとある意味犠牲者だろう。一時的とはいえ心を奪われたのだ。そして、私自身もそれに近い。
「私たちの旅はエクスフィアの犠牲となる人たちをなくすためのものでもある。リーガル、あなたが少しでもロイドの言葉に心を傾けるのなら――覚えておいてほしい」
打算を入れてそう告げる。リーガルが敵に回るのは厄介だとなんとなく感じ取っていた。下水道でのゼロスへの態度を考えてもきっと人道にもとる行為を許せない人なんだろうけど。
「……フ。ロイドはよい姉を持ったな」
リーガルはそう唇で微笑んだ。内心バレバレらしい。
私は恥ずかしかったので、ロイドの元へ駆けよってその場から撤退した。


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