リピカの箱庭
63

年が明ける。新年の祭りには大いに金を使うことになった。こういうときにアメをやらないと住民の反感を買うことになる。わかりやすいごますりではあるが、酒飲みの鉱夫達は気に入ったらしく街を回っていると「ひょろっちいのに太っ腹だなあ伯爵様!」とバシバシ背中を叩かれまくった。アシュリークにもどさくさに紛れて叩かれた気がする。勤務中なのだから酒を飲んではいないはずなのだけど。
「まあまあいいじゃん、ガラン。無礼講ってやつだろ」
「お前はいつも無礼講だろう、アシュリーク。エドヴァルドも連れてきてやればよかったか?」
「えー、勘弁してくださいよ伯爵さま。美形が怒るとおっかないんだって。つーかエドヴァルド様に休みをやったの伯爵さまだろ」
「お前も妻帯したら年末年始の休暇も考慮してやるさ。それまではキリキリ働け」
「いや、出会いがないんだよここ……」
たしかに、これまで暮らしていた街と引き離したのは私自身である。アクゼリュスは出稼ぎで来た単身赴任の男性達が多く、女性の数がそもそも少ない。そこでいい相手を見つけろというのも難しいが。
「それにヒルデ先輩もジョゼ姉もまだ結婚してないだろ?まあ先輩は最近どこか通い詰めてるっぽいけど。ジョゼ姉はあの貴族の佐官といい感じだったのにな」
「佐官?」
ヒルデブラントのあれはイオンとアリエッタの世話をさせているからなので置いといて、ジョゼットが貴族の佐官といい仲になっているのは寝耳に水である。登城していたときに連れて行っていたが、いつの間に。
「あれだよ、陛下のお気に入りの人。フリングス中佐?大佐だっけ」
「……フリングス大佐」
「あ、今もう大佐なのか。なんかやたらと仲良さげっていうか、ジョゼ姉があんな顔してんの初めて見たっつーか」
そうだ、一度思い出したはずなのにすっかり忘れていた。あの二人は私の知っている世界でも惹かれあっていたのだ。二人にそこまで接点がなかったはずなのだけど、違う形で出会っても惹かれるものなのか。薄ら寒く感じるのは預言のような、強制力を勝手に思い描いてしまうからだろうか。
私情を抜きにしても悪いことをしたなと思うが、ジョゼットをグランコクマに置いていく選択肢はなかった。彼女はガルディオス家の騎士であり、貴重な人材だ。あと数年は働いてもらなわくては、願わくばガイラルディアが戻ってきてからも彼を支えてほしいとも思う。
「ていうかガランはどうなんだよ。ジョゼ姉から聞いたぜ、王城行くたびに貴族のお嬢サマたちからモテモテだったんだろ」
「アシュリーク、ボケてるのかわからないけど私は女性とは結婚できないぞ」
帝国の法律に則るとそうなる。特に貴族は青い血を残すため、正式な婚姻の手続きが行えるのは異性間だけだ。同性の愛人を囲っているという話を聞かないわけではないけど。
「あ。ほら、いや、最近ずっとガランだからつい」
そんな言い訳があるか。確かにアクゼリュスに来てからこっち、女性らしい服装はしていないけれども。アシュリークの中で「ガラン」と「ガルディオス伯爵」は両立するが、どちらかというと「ガラン」に寄っているようだ。私もアシュリークに気安く話しかけられると受け答えが「ガラン」になってしまう。偽名というわけでもないし、ここでは男性のように振る舞うと決めたのは他でもない私自身だ。
「私はしばらくは結婚も婚約もしない。そんな暇はないからな」
「だったら代理、取っちゃえばいいじゃん。エドヴァルド様も言ってたぜ」
私は内心ため息をついた。このことを最初に言い出したのはピオニー陛下である。私は正式にはガルディオス伯爵ではなく、伯爵「代理」にすぎない。この代理というのはつまり次代までの中継ぎだ。基本的には当主が死んだときに後継ぎが幼い場合、当主の妻や弟などがなるものだ。
私は襲爵した際まだ幼く、また家族の生死が不明だったのでひとまず「代理」に落ち着いた。ガルディオス家の存続が国からも認められた後もわざわざ手続きをしなかったので代理である私の子ども――長男が次の伯爵になるまで、その中継ぎという扱いだった。
これがガルディオス家に婚約の申し込みが殺到した一因でもあるのは確かだ。私は代理に過ぎないので、早々に婿を取り子どもを産んで次の伯爵を立てると考えられていたのだろう。実際には私はガイラルディアが帰ってくるまでの中継ぎでしかないので、それはただの勝手な妄想なのだが。
私が正式な襲爵を拒んでいる理由がガイラルディアのためだと誰も知らないので、すぐに結婚する気がないのならさっさと継いでしまえと陛下に言われてしまったのだ。エドヴァルドも同じ意見で、一応成人するまでは考えていないと返したが私もそろそろ成人だ。そのあとは一年ちょっと意地を張らなくてはならないわけで。
「ガルディオス家の跡取りは私ではないんだ。それだけだよ」
「……兄貴がいたってやつだろ?変なところで律儀っつーか。まあ、気持ちは分からなくもないけど」
神妙な顔でアシュリークは首を傾げた。分からなくもない、というのは彼もまたホド戦争で家族を亡くしているからだろう。こういうところで痛みを分かち合うホドの住民たちとはコミュニケーションがしやすかった。傷の舐め合いだ。
「さて、アシュリーク。私は一度屋敷に戻るがお前は続けて巡回を頼む。ほどほどに楽しみなさい」
「酒飲めないんじゃあな。真面目にやるけど」
ひらひらと手を振るアシュリークと別れる。ところでアシュリークは実は街の若い女性たち――少ないとはいえいないわけではない――に人気なのだが、本当に女日照りなのだろうか。一人でぶらつかせてたらどこかで捕まるだろうな、と思って振り返ると一分も経たないうちに声をかけられていて私は肩を竦めてしまった。


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