ラーセオンの魔術師番外編
花嫁は魔女-3

結婚式の準備は着々と整いつつあり、忙しそうなゼロスと裏腹に私はそんなにやることがなかった。もちろんどういうふうに進められているのか、後学のために教えてもらったりはしていたけど、基本的に戦力外なので大人しくしているのがベストなのだ。
「まあ、そろそろセレスが来るからな。レティシアは相手してやってほしい」
結婚式前のバタバタしている時期に呼び寄せるのも、という話もあったらしいけど結局セレスが結婚式に出たいというのとゼロスが可愛い妹を一刻も早く呼び寄せたいという意見が一致してこの時期に彼女はワイルダー邸に戻ってくることになった。しかしセレスも体が弱いのに船旅なんて大変だろうな。……うん、よし。
「ゼロス、セレスが向こう出るのっていつだっけ?」
「明後日だよ。そんで三日後にメルトキオに着く予定」
となると時間的余裕はまだある。私はにやりとほくそ笑んだ。
「……レティシア?」
なに考えているんだという顔をされたけど私は適当に誤魔化して部屋に戻った。動きやすい服に着替えて杖を持つ。荷物は全部異空間に収納した。
玄関ホールに降りるとセバスチャンがこちらに視線を向けてきたので微笑んでみせる。彼も人当たりのいい笑みを浮かべていた。だが彼がいまだに私をレティシア様、と呼ぶのはそういうことなんだろう。
「セバスチャン、少し出かけます」
「は。どちらに?」
「セレスを迎えに」
「それは、それは。いつ頃お戻りでしょうか」
「うまくいけば明後日ですね」
「かしこまりました」
全く動じないで応対するのだから大したものだと思う。綺麗な所作で礼をするセバスチャンに見送られて私は屋敷を出た。めんどくさいからいいやと思いながらその場で杖にまたがる。
ここからレネゲードの基地まで、明日には着くだろう。その日のうちにレアバードで移動してセレスのいる修道院でもう一泊、そして明後日戻ってくる計算だ。ゼロスにはセバスチャンが適当に伝えてくれるだろうと思ってフラノールまで一直線に飛んでいく。
レネゲードのテセアラベースにはユアンは不在だった。代わりに出迎えてくれたのはボータで、しめたと思う。ユアン相手だといろいろ理屈と駄々をこねなくてはならないが、ボータは話が分かる。事情を話すと案の定すんなりと二人乗り用のレアバードを貸してくれた。
「返すときはメルトキオに駐在しているレネゲード隊員に返してくれ。場所は神子――ゼロスが知っているだろう」
「え?いいんですか?」
「構わん。ささやかだが、我々にできるのはこれくらいだからな」
どうやら結婚祝いという名目で貸し出してくれるらしい。こうやって気を遣って祝ってもらえるのは嬉しいものだ。改めてボータにお礼を言っていると、ちらほらほかのレネゲード隊員からも遠慮がちに「おめでとうございます」と伝えられた。私がハーフエルフだからか、それとも絶海牧場での共同作業のおかげか、それなりに仲間意識を持たれているらしい。ユアンに協力している間は彼らにも世話になるだろうから、悪いことではないだろう。
その日はフラノールに泊まって、翌朝にセレスのいる修道院へ向かった。何度も絵葉書を出したものだけれど、実際に行くのは初めてだ。まだセレスが出発してなければいいんだけど、と思いつつ見下ろすとちょうど大きな荷物を持って修道院から出てくる姿が見えた。周りにいるのはゼロスが手配した護衛だろう。
レアバードをいちいち停めるのももどかしくて、私は身を乗り出して叫んだ。「セレス!」見知らぬ飛行物体に驚いていた彼女の目が見開かれる。
「ま、魔女さま?!」
私は笑ってレアバードのエンジンを止めると重力に従って落ちるより早くウィングパックにレアバードを収納した。自分自身は魔術で重力を緩めて着陸する。固まっていたセレスが鞄を放り出してこちらに駆け寄ってきた。
「魔女さま!どうしてこちらに?」
「あなたを迎えに来たんですよ、セレス」
護衛はワイルダー邸でも見かけたことのある人たちだった。私の顔を向こうも知っているのだろう、露骨に怪しまれはしなかったが苦い顔をされる。知ったこっちゃない。
「私を?でも、お兄さまから聞いていませんわ」
「無断で来ましたから。ほらお嬢さま、お手をどうぞ。空の旅にご招待しますよ」
もう一度ウィングパックからレアバードを出してセレスに手を差し伸べる。セレスの後ろ、私の視線の先で顔をゆがめていた護衛が「レティシア・ラーセオンさま。ご勝手なことをされては困ります」と言ってきたので鼻で笑ってやった。
「私はレティシア・ワイルダーですよ。間違えてもらっては困りますね」
「……公爵さまのご命令です。我々がセレスさまをメルトキオまでお連れします」
「私がゼロスにきちんと報告しますからご心配なく。さ、セレス。行きますよ」
戸惑うセレスの手をいささか乱暴にとってレアバードに乗り込む。「魔女さま……」と心配そうな顔をしているセレスの頭を軽くなでた。
「悪い魔女に攫われると思いましたか?」
「いいえ!でも、ご迷惑じゃ……」
「私のわがままですから大丈夫。さ、行きましょう」
何が大丈夫かはあやふやなまま安心させるためだけにそう言う。セレスはなおも気にしているようだったが、飛び立って上空から下を見下ろせるようになるころにはすっかりはしゃいでいた。
「すごいですわ!このようなもので空を飛べるのですね」
「魔術だけでも飛べますけど、体力使いますからね。こっちのほうが楽ですよ」
「魔術だけでも?!」
セレスが食いついてきたのでメルトキオまでの道中はほとんどその話だった。セレスは私が教えた修練を続けていたようで、以前よりもマナのコントロールが格段によくなっている。この調子なら飛行魔術も使えるようになるだろうと告げると嬉しそうにしていた。

セレスを連れてワイルダー邸に戻ると、屋敷で仕事をしていたゼロスに目を丸くされた。どうやらセバスチャンはゼロスに伝えていなかったらしい。
「セレス!なんでここに?まだ予定の船は着いてないだろ?」
「魔女さま、いえ、お姉さまに連れてきていただいたのです」
ゼロスの視線が私に向けられる。瞬いたゼロスは「なるほど、」と何か納得したような呆れたような諦めたような、あと嬉しそうな声で呟いた。
「なんか企んでると思ったら」
「セバスチャンに聞かなかったの?」
「出かけてるとしか聞いてねえな。またユアンに呼び出されたのかと思ってた」
「あながち間違いじゃないけど」
レネゲード基地に行ったのは確かだ。ゼロスは書類を放り出して立ち上がるとセレスにハグをして優しく肩を叩いた。
「セレスが来たのに仕事なんかしてらんないな。体調はどうだ?」
「大丈夫ですわ。お兄さま、お仕事はいいんですの?」
「いーのいーの。荷物はまだ届いてないけど、お前の部屋の準備はしてあるから。服作るだろ?あ、今から呼ぶか?それとも買いに行く?」
思いのほかテンションの上がっているゼロスを微笑ましく見守っているとセレスに若干困惑したような視線を向けられた。いやいや、思う存分お兄さまにかわいがられてほしい。そのために悪い魔女がわざわざ拐しに行ったのだから。


- ナノ -