ラーセオンの魔術師番外編
花嫁は魔女-4

控え室にいるのは私、リーガル、セレスの三人だ。ゼロスは別の控え室で待機している。次に顔を合わせるのは式が始まってからだ。
身に纏っている白いドレスはギリギリで出来上がったものだ。エルフの刺繍が細やかにされていて、舞踏会なんかで見た貴族のお嬢さんたちが着ているようなものとはまた違った印象がある。
「お綺麗ですわ!お姉さま」
セレスはウェディングドレスを見てからずっとこの調子だ。もしかして花嫁というものに憧れがあるのかもしれない。セレスもいつかは結婚して、もしかしたら嫁いでどこかに行ってしまうかもしれないと考えると寂しくなった。なるのが早いのは分かってます。
「ありがとう、セレス。セレスもすごくかわいいよ」
結婚式に参列するということでセレスも淡い色のドレスで着飾っている。ワイルダー公爵家の身内は彼女だけ、私も身元保証人としてリーガルだけなので招待客の中に放り込むわけにもいかずトレーンベアラー、つまりベールを持つ係としてついてもらうことになっている。今回はルールがないようなものなのでゼロスが好き勝手しているのだろう。
しかし、着飾っているといえばリーガルもそうだ。最近は貴族風の服装をしているところしか見てなかったけど、結婚式ともなればグレードが上がるのは当然というか、男前度も増している。長い髪をゆったりと三つ編みにしているリーガルは私の視線に気がついたのか柔らかく微笑んだ。
「緊張……はしていなさそうだな」
「ええ、まあ。案外しないものですね」
耳元のピアスをいじりながら答える。自分でも不思議だ。流石に式となると緊張するものかと思ったが、どうにもそんな気配はない。とりあえず早くゼロスの花婿姿をきちんと見たいなというのが本音だ。
「そちらのほうがあなたらしい」
「そうですか?では、きっと大丈夫ですね」
そんな他愛のない会話を交わしている間に式の時間が迫ってくる。シスターが呼びにきて、私は二人と連れ立って控え室を出た。
「レティシア。何かあれば」
「わかっています。手筈通りに、ですね」
「だが無理はせぬように」
「ゼロスとあなたがいますから」
シスターと、私の後ろを歩くセレスに聞こえないよう小声でささやき合う。私とて何のハプニングもなしに式が終わるとは思っていない。
そうしてたどり着いた先は大聖堂だった。今日は貸切にしていて、招かれた客たちがずらりと着席している。そちらをちらりと見てから視線を正面に戻した。
手順としては私がリーガルとセレスともに中央付近まで歩き、そこから祭壇までは一人でゼロスのもとまで行く。たどり着いたら誓いの言葉というやつだ。
ゼロスはすでに祭壇に立っていた。距離はあるが、私と同じように真白い礼装を着ているせいで後ろに流している長い赤い髪が目立つ。さて、あそこまで行くのが私のミッションだ。
会場の全視線が自分に注がれているように思える。リーガルにエスコートされてカーペットの上をできるだけ厳かに歩いた。彼の手を離し、そこからは一直線上にゼロスが立っている。
ドレスは重い。シルクの上にぎっしりと刺繍がなされているし、布地をふんだんに使って形を作っているからだ。だから私は振り向く前に結界を張った。聞こえないほどの囁き声で慣れた詠唱をつむぐ。
「"プロテクト"」
「っ!」
結界に阻まれた闖入者に聖堂がざわめく。リーガルが動く前に私は振り向いて耳もとのピアスに触れた。
「"バインド"」
そこにいたのは複数の曲者たちだった。それもそうだ、私を殺したい人間なんて数知れないほどいるだろう。なにせハーフエルフで神子の花嫁だ。しかもこんな不安定な情勢で結婚しようというのだから、これくらいは想定内だ。
なにも結婚式の最中に殺さなくてもと思うけど、目的の一つが結婚式を台無しにすることだったらどうだろう。私は詠唱を続けた。ピアスに貯めていたマナがあふれて形をつくる。闇のマナで縛り付けられた人間たちが避けることは決してできない。
「"凍てつけ、束縛せよ"」
氷柱が立つ。その中には人影が氷漬けになっていた。ざわめきがいっそう大きくなるが気にしてはいられない。自爆されてはかなわないから、これが一番だ。
ドレスは霜がついたくらいで汚れてはいなかった。軽く払ってからゼロスに向き直る。私がまた一歩踏み出すと、後ろでざわめいていた参列者たちがピタリと黙った。
「派手にやったな」
「そういう手筈だったからね」
ようやく言葉を交わせる距離にきてゼロスがにやにやと笑いながら囁いてくる。もし式を邪魔する者がいたら狙うのは私が一人になった時だ。タイミングだけこちらで誘い込めたら罠を張っておけばいい。ゼロスは私のピアスを見て微笑む。
そうして、派手にやってしまえばいい。幸い私には魔女だとかいう噂も立っていたから、利用できたらなお簡単だ。なにせ貴族社会の表舞台にはハーフエルフどころかエルフもまずいないのだから魔術に対抗する技術は乏しい。争いのない繁栄を続けていた代償だ。クルシスやレネゲードを相手にするよりもずっと簡単でやりやすい。どこの貴族が考えたかは知らないが、ずいぶんとお粗末なものだ。
「レティシア」
手を差し出される。これで資格は示した。私はごく自然に手袋を外したゼロスの、その手のひらに自分の手を見せつけるように重ねてみせた。


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