リピカの箱庭
02

「レティ、おはよお」
ガイラルディアが目をこすりながら言う。私も「おはよう、ガイ」と返した。
「もう、げんき?」
「もう、げんき」
「ん」
満足そうに頷いたガイラルディアは微笑みを浮かべた。つられて私も笑う。ガイラルディアが喜んでいると嬉しくなるのはやっぱり双子の共感覚みたいなものなんだろうか。
「坊っちゃま、お嬢様。おはようございます」
メイドさんたちが部屋に入ってきて私たちを着替えさせようとする。私は慌ててそれを制した。
「ひとりで、やります」
「お嬢様?」
「できます」
驚いたような顔をされたが、人に着替えさせられるのは気まずい。なにやらこそこそと言葉を交わしていたメイドさんたちは困ったように私に微笑んだ。
「お嬢様、旦那様と奥様がお待ちですので」
「はい」
「ですから、私どもがお着替えを手伝わせていただきます」
「じぶんできがえます」
記憶にある限り、子ども用の服はそんなにややこしいものではなかったはずだ。あれくらいなら記憶が戻る前ならいざ知らず、人の手を煩わせる必要はない。
「おれも、じぶんでする!」
隣で着替えさせてもらっていたガイラルディアが急に声を上げて、私のほうに駆け寄ってきた。中途半端にシャツを引っ掛けたガイラルディアはなぜか私の陰に隠れるようにしてボタンと格闘をはじめる。私もメイドさんの手からシャツを引き抜くと寝間着を脱いで袖を通した。
「反抗期かしら?」「どうしましょう」「奥様をお呼びしたほうが……」
メイドさんたちが再び頭上で話し始める。私は気にせずに小さな指で――思ったより不器用で大変だったけど――ボタンを留めて上からワンピースをかぶる。後ろで紐を結ぶタイプではないのでこれは簡単だ。最後に靴下を履いて、靴はぱっちんとボタンを留めた。
鏡を覗くと襟がよれていたので直して、髪も出来るだけ整える。いや、これ櫛を通さないと無理か。ドレッサーに座ると私が櫛に手を伸ばす前にメイドさんがさっと取り上げてしまった。
「御髪は整えさせていただきますからね」
にこりと微笑まれる。後ろではボタンを留められないガイラルディアがぐずっていた。

結局一人で着替えられなくてべそをかくガイラルディアを慰めながら食堂へ向かう。「レティ、ずるい」と何度も言われて私も泣きたくなっていた。
「れんしゅうすれば、ガイもできるよ」
「でも、レティはれんしゅうしてない」
「したよ」
「ずるい!」
「ずるくないもん」
「あらガイラルディア、レティシア。喧嘩してるの?珍しいわね」
後ろから声をかけられて、振り向くとそこにいたのはマリィベルお姉さまだった。「あねうえ!」ガイラルディアが手を繋いだままお姉さまに駆け寄るので引っ張られた私はすっ転んでしまった。
「いっ!」
「あっ、レティ!」
「レティシア!もう、ガイラルディア。急に走るからよ」
おろおろするガイラルディアをたしなめながらお姉さまが私を抱き起こしてくれる。幸いというか、床はカーペットなのでそんなに痛くない。
「レティ、ごめんね?いたい?」
「んーん」
「じゃあ早く行きましょう」
「はい」
片手はお姉さまと、もう片方の手はガイラルディアと繋いで歩き出す。ガイラルディアはちらちらとこちらを心配そうに見ていて、もう拗ねるのはやめたようだった。
食堂は広い。さすが貴族の屋敷といった趣で、奥にはお父さまとお母さまがもう座っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ガイラルディア、マリィベル、レティシア」
貴族の家では一番偉いのはお父さまで、次にお母さま、跡取りのガイラルディア。そしてマリィベルお姉さま、最後に一番年下で女の私である。席順もそれに従うのでガイラルディアと私の間にはマリィベルお姉さまが座ることになる。ガイラルディアは不満そうに私の手を離した。
席に着くと食事が始まる。三歳児のおぼつかない手でスプーンを握った。病み上がりの私は他の人とメニューが違うようだ。
「レティシア、今日は自分で着替えたのね」
「はい」
お母さまはすでにメイドさんたちから話を聞いていたのか、そんなふうに声をかけてきた。私は正直に答えた。
「自分でできるようになるのはいいことだわ。でも、使用人の仕事を奪ってはダメよ」
ああ、なるほど。そんな考え方もあるのか。お母さまの言葉に頷く。貴族というのは大変だなあと思った。
「おれもひとりでできるもん」
ガイラルディアが思い出したように拗ね始める。
「そうだな。戦さ場では身支度は己でするものだ」
お父さまの言葉に私は硬直した。ホド戦争のことを思い返してしまったからだ。
忘れていたわけではない。ホドの崩落のことは、お母さまに諭されたもののどうにかしてお父さまに伝えなくてはならない。よく考えれば、お母さまはキムラスカから嫁いできたのだった。だからキムラスカが攻めてくるなど、簡単に言うべきではなかったのだ。
お母さまの視線を感じて私はスプーンを持った手を動かし始める。マリィベルお姉さまは「そうね、跡取りたる者身支度は自分でできなくてはならないわ」と頷いている。お姉さまはガイラルディアの跡取りとしてのしつけにやたら熱心なのである。
「あとで練習するわよ、ガイラルディア」
「うん!」
まあ、ガイラルディアが嬉しそうなのでいいか。すぐに音を上げそうな気がするけど。お姉さまはスパルタなのである。


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