ラーセオンの魔術師
33

雷の神殿で作業を終えた後に向かったのは地の神殿だ。雷の神殿とは違ってかなり洞窟めいているのでちょっと居心地は悪いが、アイテムボックス魔術を編みだした私はわりと無敵である。適当な場所を平らに整えて、アルタミラで調達したテントを張る。寝袋もあるし魔術を使えば火を使わなくても灯りをともすこともできる。洞窟なので火を使ったら一酸化炭素中毒になりかねないし。
とまあそんな感じで雷の神殿と同じく晶石作りに取り組んでいたわけなのだけど、今日は神殿の様子がおかしい。地響きが何回か聞こえてきて、マナも少し乱れていることから魔術師が誰か訪れているのだろう。もしかして研究院のハーフエルフだろうか?エルフだとしても見つかると厄介だし、作業も終わってきたので急いで荷物を畳んでしまう。
入口の方に戻ってこっそり耳をそばだてると結構な人数の足音と喋り声が聞こえてきた。
「ジーニアス!ほら!」
「わっわっ!ロイド!ソーサラーリングで遊んじゃダメだろ!!」
「これ、おもしろいぜ。ビックリさせるのにもってこいだ」
思ったよりも若い、少年たちの声だ。地響きの正体はソーサラーリングの操作によるものだったらしい。研究院の人間のようには思えないけど……と自分にステルス魔術をかけながら物陰から彼らを伺う。その瞬間、頭上から岩が落ちてくるのが見えて私は思わず杖を向けていた。
「ジーニアス!あぶな――」
「"プロテクト"!」
張った結界に岩がぶつかる。球状の表面を滑らせて人のいない方へ落ちたのを見届けてほっと息をついた。
頭を抱えた銀髪の少年はぱちくりと目を瞬かせていて、ソーサラーリングを使っていたと思しき茶髪の少年はばっとこちらを振り返った。声を出してしまったし居場所もばれたか、と諦めて魔術を解くと一歩進み出る。
「君、怪我はない?」
「え、あ、はい」
「それはよかった」
こっちはフードを目深にかぶっているので怪しいだろうが勘弁してほしい。……というか、この少年、ハーフエルフかな?茶髪の少年の方は人間のように見えるけど。
「あんた……」
「レティシアさん!?」
適当に誤魔化して逃げようかと思っていると聞き覚えのある声に名前を呼ばれて私は目を丸くした。そうだ、足音からしてこの二人だけではないことは分かっていたけど――まさかと思いながら視線を移すと、そこにいたのはプレセアだった。
「プレセア!どうしてここに」
「この神殿にいたのか。見つけられてよかった」
「リーガルも」
プレセアと一緒にいたリーガルに安堵する。プレセア一人だと心配だけど、リーガルが一緒にいてくれたなら安心だ。約束は果たされているらしい。
駆け寄ってくるプレセアをとりあえず抱きとめる。私のローブをぎゅっと掴んだプレセアに「会えてよかったです……」と小さな声で囁かれてつい微笑みを零してしまった。
「探させてしまったみたいですね。何かあったのですか?リーガル」
「……レティシア?」
リーガルが答える前にもう一人の声が割り込んでくる。想像していなかったひとの声に私は今度こそ固まってしまった。
燃えるような赤い髪が視界に映る。知っている顔だ。こんなところで、また会うだなんて思ってもいなかったひとだ。
「ゼロス……」
プレセアの肩に置いた手に無意識に力が入る。そのせいでプレセアが不思議そうに顔で私を見ていることに気がつく余裕すらなかった。
「え?なに?ゼロスもプレセアもリーガルも、その人と知り合いなのか?」
茶髪の少年の顔に我に返る。そうだ、固まっている場合ではない。彼らがなぜこんなところにいるのか、なぜ私を探していたのか、なぜリーガルとプレセアがゼロスやこの少年たちと行動を共にしているのか。尋ねたいことはたくさんある。この様子だとゼロスは婚約者を探すためにこんなところに来たと言う感じではなさそうだし。たぶん。
私はとりあえずフードを脱いだ。髪も元の色に戻す。そして見知らぬ顔の彼ら――茶髪の少年とハーフエルフの少年、金髪の少女、黒髪の少女に銀髪の女性に微笑みかけた。
「はじめまして。私はレティシアといいます」
「私の、エクスフィアの寄生を治してくれたのがレティシアさんです」
「ああ!前に言ってた人か」
どういう事情か、私のことは彼らに伝えてあったらしい。まあいい、なにか必要に駆られていたんだろう。他にエクスフィアに寄生されていた人がいたとか。それだったらプレセアたたちが私を探していたのも分かるけど――彼らの中にはそんな様子の人はいないように見える。もう解決したんだろうか?どうやって、と言う疑問は残る。
「しかしレティシア、神子と知り合いとなるとやはりあなたは……」
「ああ、それですか」
私は肩を竦めてゼロスを見る。リーガルは貴族だけあって薄々気がついていたらしい。まあ、名前とハーフエルフであることが一致すればバレてしまうのもしかたないか。ゼロスも私と同じように肩を竦めていた。
「そ。そんで、レティシアは俺さまの婚約者ってワケ」
「……え」
「ええーー!?」
絶叫が響き渡る。ちょっと待って君たち、こんな洞窟で叫ばれたら反響して……うん、やまびこのように反響して遠くで何か崩れる音が聞こえた。こっちに被害はでなかったからいいとしようか。
「ゼロス、婚約者いたのかよ!?」
「悪いこと言わないからゼロスはやめておいた方がいいよ!」
「おいおいガキんちょ、なんつう言い草だよ」
「だってゼロスだよ!婚約者がいるのに他の女の人にデレデレしてるなんて……」
「……ゼロスくん、最低です」
なかなかひどい言われようである。私は「まあまあ」と割って入った。
「といっても神子の婚約者に神託で選ばれたものですから、名目上だけですよ」
「あ、そっか。ゼロスって神子だったっけ」
「神子っぽくないから忘れてたよ」
「それでも褒められたことじゃないけどねぇ」
黒髪の少女が言うのに銀髪の女性が頷く。ここの女性陣はゼロスに厳しいらしい。メルトキオやアルタミラではあんなにモテてたのにね。
「それで、あなたたちが一緒にいた理由を聞いても?」
私としてはこちらが本題だ。尋ねると銀髪の女性が頷いた。
「一度休憩しましょうか。話すと長くなりそうだわ」
「そうだな!腹も減ったし!」
茶髪の少年が元気よく頷く。彼を先頭にして私たちは休憩できる場所を探すことになった。


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