ラーセオンの魔術師
32

アリシアとの対話を経て、一応のところプレセアはリーガルの協力を受け入れてくれることとなった。そんなわけでエンジェルス計画に探りを入れる作戦についてだけど、優先すべきは身の安全でもある。
「プレセアはこれまで通りに神木を卸す仕事をしていてほしいのですけど」
「そうだな。メルトキオに行く際は私が護衛をしよう。どんな人間が接触してくるかで関係者は絞れるだろう」
「わかりました」
プレセアを餌にするようで心苦しいが、急に消息を絶っても向こうが追ってくる可能性もある。ある程度コントロールできる状況を保っていた方が好ましい。
「私は少しすることがありますから、しばらくは戻りません。でもエクスフィアの様子を見には戻るから安心してね」
「すること、ですか?レティシアさんは一緒にいてくれないんですか……?」
すがるように見つめられて思わず言葉に詰まってしまう。いやいや、冷静になれ私。私はいつまでもエンジェルス計画関連にかかりきりになっているわけにはいかない。だからリーガルと協力関係を結んだのだし。
「いろいろと準備しなきゃいけないことがあるの。ひとまずは精霊の神殿に行くつもりだけど」
「精霊……?」
「まさか、あなたは召喚士なのか?」
プレセアはただ不思議そうに繰り返しただけだったが、リーガルはピンと来たらしい。けれど私は首を横に振った。
「いえ、召喚士ではないです。でもあそこはマナの濃い土地ですから、ただの魔術師でも利用はできます」
「利用、か」
「ええ」
もしかしたら一般的な魔術師のすることではないかもしれないが、それはそれ。私はプレセアに向き直った。
「とにかく、リーガルがいれば安心でしょう?」
「……そうですか」
プレセアはあからさまにしょんぼりと肩を落とした。もしかして、わりと懐かれているのだろうか?プレセアよりはいくらか年上だと思うけど、ついセレスのことを思い出してしまった。元気かな〜、とか現実逃避している場合ではなくて。
「私ができることなら協力するから、しばらくは情報収集に努めててほしいの。急いで失敗してしまったら元も子もないのだもの。リーガルもよろしくお願いしますね」
「任せてほしい」
「頼もしいです」
「……あなたのするべきことを我々に話してもいいと思ったのなら、告げてほしいとも思うが」
「……そうですね」
そうは言ったものの、彼らに話すには危険がすぎると思う。あまり他人の手は借りたくない案件だ。私個人の事情がかなり入っているのもある。
しばらく前からマナの濃度が下がっている。つまり、シルヴァラントで再生の旅が行われている証拠だ。もし再生の旅が成功して、マナの流れが反転したらマナの神子の配偶者を見つけ出すのは教会にとってもクルシスにとっても急務になるだろう。ディザイアンが出て来たらさらにややこしいことになる。
とはいえ向こうの精霊の封印を回るのなら早いところ向かわないとシルヴァラントの救いの塔が消えてしまうだろう。次の異界の扉が開くまで時間はあるけど、やることを考えると余裕があるとは言えない。プレセアのエクスフィアの調子もその前には一度診ておくべきだろうし。
今のうちにやれる準備はしておかないと。とりあえずエンジェルス計画の件は二人に任せておくとして、情報が集まったら私も手を貸そう。
簡単に連絡を取れないのは不便だが仕方ない。クルシスなら遠距離通信も可能なのかもしれないが、彼らの技術を得るために危険を冒すのも愚策だ。難しいかもしれないけど魔術でどうにかならないか考えてみよう。

リーガルはプレセアをオゼットまで送ることになり、私は彼らとアルタミラで別れた。向かう先は雷の神殿だ。アルタミラからだと南下していったほうが近い。幸いアルタミラではリーガルの協力によって物資が調達できたのでしばらくは困らないだろう。
大陸を挟みつつ、海は飛んで渡りつつ雷の神殿に辿り着く。そこですることは主に二つだ。
一つは結晶をあつめること。神殿にはその神殿にいる精霊の属性を持つ結晶が落ちている。これを溶かして凝縮するとさらに高純度のマナの結晶ができるというわけだ。これを私は晶石と呼んでいる。宝石に貯めた魔力と同じように電池のような使い方ができる。
二つ目はこの晶石をさらに加工してマナの吸収ができるように変化させることだ。デリス・カーラーンにはアイオニトスという鉱石があるらしいが、この鉱石には周囲からマナを吸い取り魔力に変換する性質がある。で、人工アイオニトスとでも言うべきものを作っておけば魔力の補充も簡単ではないかということでちまちまと実験をしていて、今のところは上手く行っている。
ただ、神殿を回らないと晶石は作れないので今のところ人工アイオニトスが変換できるのは氷と闇、雷のマナだけだ。自然にあるマナ全てに対応するとなるとやっぱりシルヴァラントへ行かなければならない。
「シルヴァラント、か……」
今回の再生の旅は成功するんだろうか。もう何百年もテセアラが繁栄世界となっているが、今度こそなのか今度もなのか。バランスをとるためにクルシスは成功させたいと思っているだろうけど、さて。
ここで悩んでいてもしかたない。神殿の一番奥で荷物を広げたまま、結界だけは確認して私は目を閉じた。


- ナノ -