ラーセオンの魔術師
12

エクスフィアについてゼロスに訊けたのはセレスが修道院に帰ってからだった。
何泊かしただけだったが、セレスの襲来はそれこそ台風か何かのようだった。まったく嫌ではないけど、普段屋敷にいないゼロスがセレスを構うためにずっといたのでそれも合わさってにぎやかだったと思う。セレスがこの屋敷で暮らせばこの屋敷ももうちょっと明るくなるんだろうなと思ったが、まあそれは私には関係のないことだ。
で、エクスフィアの話に戻るけど。エクスフィアというのはどうやら装着することで身体能力を引き上げる特殊な鉱石らしい。そんな都合のいいものが存在するのかと驚いたがここは魔術のある世界だ。しかもロストテクノロジーとして魔科学なんてものも存在する。その遺物として便利鉱石があっても不思議ではなかった。
「それでセレスは病に耐えるためにエクスフィアで身体強化をしているんですね」
「そういうこと。まあ、エクスフィアは一般的に機械の制御なんかに使われてるけどな。ほら、グランテセアラブリッジなんか有名だろ」
「……ああ!」
どこかで聞いたことがあったと思ったが、機械の制御に使われていたというものだったか。歴史の授業でも多少触れられていたかもしれない。
しかし、機械の制御に使うとなるとイメージとしては演算装置のようなものだけど……人体につけていいものなのだろうか。なんだか不思議だ。
「機械にも人体にも使えるなんて不思議ですね」
「あ〜、人体に付ける場合は要の紋が必要なんだけどな。それがないと毒になるとかなんとか」
「そうなんですか」
なるほど、覚えておこう。エクスフィアをつけると身体能力が向上するとなると、あの天使と戦う際にはかなり有用になる気がする。
その要の紋というのは人体につけた場合の演算装置が及ぼす悪影響――つまり過負荷を制御するプログラムコードみたいなものかな?魔科学の産物なら科学的な部分もある気がするし。
「ゼロスはエクスフィアをつけているんですか?」
「まあな。俺さまのクルシスの輝石も……いや、なんでもない」
クルシスの輝石?神子が持って生まれるというあのクルシスの輝石なのだろうか。
そういえばアレは本来天使化に用いられるものだ。エクスフィアと似たような作用の仕方をするのかもしれない。
「でも、エクスフィアを人間がつけるなんて聞いたことありませんでした。貴族ではよくあるんですか?」
「あー、まあレネゲードの連中とつながりがありゃな。騎士団の奴らもつけてるし」
「レネゲード?」
なんかの組織かな。首を傾げるとゼロスはなんだかため息をついた。
「ま、一種の地下組織だよ。ろくな奴らじゃない」
「はあ」
ゼロスはこれ以上教えてくれる気はなさそうにひらひら手を振る。まあいい、これ以上は自分で調べるとしよう。

ということで、手始めにワイルダー邸の書斎を漁ってみると、エクスフィアを機械の制御に使う研究がサイバックの王立研究院で行われていることがわかった。ちょうどいいので普段はサイバックの研究員として働いている歴史の教師に聞いてみることにした。
「エクスフィアの研究?ええ、しているわ」
件の教師ことケイトはあっさり頷いた。詳しく聞くと、機械への適用がメインではあるものの人体への影響とかについても調べているらしい。
「それじゃあクルシスの輝石については?」
「神子さまが言ってたのかしら?ええ、進んでいます。クルシスの輝石はエクスフィアの変異体と考えられているわ」
「変異体?エクスフィアは人工的に作れるんですよね?」
調べたところ、エクスフィアという鉱石はトイズバレーの鉱山で産出されるらしい。今は動いていないみたいだけど、数年前まではそれなりに採れていたようだ。
ゼロスはエクスフィアはレネゲードという地下組織が流通させているというような言い方をしていたけど、あのトイズバレーの鉱山はレザレノ・カンパニーの所有物だ。レザレノ・カンパニーがレネゲードと繋がりがあるのか、それともエクスフィアの鉱石はレネゲードしか知らない何らかの処置を施さないと身体強化には使えないのか。
どちらにせよエクスフィア自体は現在生成する技術が確立しているっぽい。しかし、クルシスの輝石はさすがにそうじゃないと思う。そう思って訊くと、ケイトは頷いた。
「そうよ。けれどクルシスの輝石――ハイエクスフィアの生成方法はまだ研究中なの」
「へえ、王立研究院ではそんなことも研究してるんですね」
天使化の技術なんて今の世の中には不必要な気もするんだけど。もともと戦争のために作り出されたものだし。でもエクスフィアよりハイエクスフィアの方が性能がいいのなら、機械の制御にも使えて便利という方向の研究なのかな。
「それにしても、神子の証のクルシスの輝石を複製されたら神子も形無しですね」
「……神子さまがクルシスの輝石を提供してくださったんだもの、文句はないと思うわよ」
「そうでした」
とりあえずケイトに合わせておく。ゼロスがクルシスの輝石を研究院に提供、か。神子の証とも言えるものへ執着していないように思える。
あまり深く聞きすぎると怪しまれそうなのでケイトへの質問はこれくらいにしておこう。彼女はハーフエルフとはいえ教皇側から派遣されてきたひとだ。あんまりボロを出してもあとで困る。
エクスフィアが手に入ればなあ。難しいかもしれないけどどうにかならないものだろうか。



- ナノ -