ラーセオンの魔術師
11

ゼロスは何か言いたげだったが、セレスの様子に少し冷静になってくれたようで弾かれた腕をさするだけだった。悪いと思っているので謝罪はしておく。
「すみませんゼロス。先に言っておきますが、私はセレスに何もしてないですよ」
「……そりゃ見ればわかる。で、なんのつもりだったんだ?」
「私が先走ってしまったせいですわ。お兄さま!魔女さまをお叱りにならないで」
セレスに庇われるが、ぶっちゃけセレスは悪くない。噂の件も私がからかったのが悪いんだし。彼女の頭をぽんぽんと撫でてから説明する。
「あー、セレスに良からぬ噂を聞きましてね。神子の婚約者のハーフエルフが魔法で神子を誑かしてるとかなんとか」
「はあ……、そいつか。言っとくけど、それ流したのあんたがパーティーでコテンパンにしてた野郎どもだぜ」
「はえ!?ま、マジか」
完全に私怨だった。恨みなんて買った覚えないな〜とか思ってたけど、覚えてないだけだったか……。いや、特に後悔とかはないが、なるほどこんな形で報復されるんだね。覚えておこう。
……というか、その私に絡んできた男たちはゼロスがお姫さまに呼びだされたせいで絡んできたようなものだし、もしかしたら私は悪くないのでは?完全に巻き込まれ事故では?魔術をかけてやったのは事実だけれども。
「で、噂が嘘だってのをセレスに信じさせるためにわざとあんなことしたってか?」
「おおむねその通りでございます」
「ごめんなさい、おにい……神子さま」
ようやく我に返ったのか、セレスの呼び方がお兄さまから神子さまに戻っている。しょんぼりと肩を落としているセレスに後でお詫びをしなければ。
「まあ、確かめたいことはもう一つあったのですけど」
「確かめたいこと?」
「はい。ゼロスがセレスを大切に思っているかどうかです」
「は?」
二人とも目を丸くしてこちらを見てくる。兄妹だけあってそっくりだ。お騒がせしたお詫びに、二人の間の壁を少しでも崩してしまいたいな、なんて。
これは私の自己満足で、あとちょっと打算が入っているので彼らにとっては厄介なお節介だろう。けど、やらないで後悔するよりはいいと思いたい。
「あのですね、私は二人の事情はさっぱりですけど、慕ってる兄を兄と呼べない妹のことはかわいそうだと思いますよ。お互い大切なんですから、素直になったらどうですか?」
「まっ、魔女さま!何を言うんですの!」
「セレス、兄には甘えるものです。特にあなたのことをこの上なく大切に思ってる兄にはね」
「そ、そ、そんなことっ」
もじもじと俯いて赤くなるセレスは私の後ろに隠れてゼロスの様子を伺っていた。いや、さっきのゼロスの鬼気迫る様子を見ていたならわかると思うんだけどなあ。
一方ゼロスはやっぱり浮かない表情をしている。私に対しては余計なことをしてくれたとか思ってても不思議じゃないな、これ。
「でも、でも……いまさら、私……」
「セレス。無理しなくていいんだぜ」
「無理してなどおりません!お兄さまこそ、私のことなんて……」
「……大切だよ。そりゃな、妹なんだから」
ゼロスは諦めたように呟いた。ばっと顔を上げたセレスはそろそろと私の背後から出てきて胸元で手を握る。かわいい。
「わ、わ、わたくしも、お兄さまが好きです!あの……」
がんばれー、と小さい声で声援を送ると一瞬セレスに睨まれた。ごめんて。
「今でこそ、エクスフィアのおかげでベッドから出られますけれど……小さい頃、病弱だった私とお兄さまが遊んでくださったのが……一番嬉しかったのです……」
「セレス……けど、俺はまだお前を修道院から出してやれない」
「そんなの構いません!ただ、たまにお会いして……お兄さまと呼ばせてくだされば……」
「そんなの当たり前だっての。お前は俺さまの妹なんだからな」
ゼロスの手がセレスの頭に乗せられる。わしゃわしゃとぎこちなくかき混ぜられて、セレスは頬を染めたままふわりと微笑んだ。
「はい……!」
うんうん、仲良きことはいいことだ。蚊帳の外になってた私はゼロスに本棚ドンされたときに落ちた本を拾って戻しながら頷いた。

さて、無事に仲直りできたようで何よりなんだけど、セレスの言葉に一つ見逃せないものがあった。ユアンも言っていたが、「エクスフィア」とは一体何のことなのか。どこかで聞き覚えがある気がするんだけどどうにも思い出せない。
うーんと頭を捻っているとゼロスに甘え終えたらしいセレスが「魔女さま!」と元気に呼んできた。
「あの、私……魔女さまならお姉さまになってもかまいませんわ!」
「……は?」
急な言葉にぽかんとしてしまう。おねえさま?何の話だ?いや、セレスみたいな妹は歓迎だけど、そうではなく……?
「おいおいセレス、急に何言ってんだよ」
「あら、お兄さまは魔女さまとご結婚するのでしょう?」
「あー、いや……」
ようやく事情が呑み込めた。そりゃそうか、私一応神子の婚約者なのだからゼロスと結婚して当然なのか。ゼロスが言いよどんでいるのは私が逃げ出そうとしているのを知っているからだろう。
うーん。どう答えたものか。セレスにここまで懐かれたのは嬉しいと言えば嬉しいんだけど。
「セレス、婚姻はどういった条件で成立するか知っていますか?」
「条件?お兄さま……神子さまの結婚は神託で決められたのではないんですの?」
「マナの神子の結婚の話をしているのではありません。あなたの兄君の結婚の話をしているんです」
そう言うとセレスは困惑気味にこちらを見上げて来た。私の言ってる意味が分からないのだろう。まあ、分からないなら話す意味もないし、今は誤魔化してしまえばいいか。そう思って強引に話を切り上げた。
「さて、ゼロス。邪魔をしましたね。私は部屋に戻ります」
「……おう」
「あ、魔女さま!」
セレスが私を呼び止めてくるが、急に彼女がしゃがみ込んだので私は思わず足を止めてしまった。幸いゼロスが支えてくれたので倒れることはなかったようだ。
「セレス!」
「おい、平気か?」
「だいじょうぶですわ……、すこし、はしゃぎすぎてしまったみたいです」
弱弱しく言うセレスの顔は青白い。魔術を何発も撃たせてしまった上に興奮させてしまったのがいけなかったのだろう。ゼロスを見ると「俺さまが部屋まで連れていくからあんたは戻ってな」と言ってセレスを抱き上げた。
そうしてみるとやっぱり仲のいい兄妹だ。私は胸をなでおろして二人の姿を見送った。


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