ラーセオンの魔術師
08

ドレスの採寸をされたり結界の強化を図ったり、宝石にマナを溜め込んだり新しい魔術を修練場で試したり、あとはダンスの練習をしたり。そんなふうに過ごしているとパーティー当日まではあっという間だった。
私は裾に向けて青が濃いグラデーションになっているドレスに、ブルームーンストーンのネックレスを身につけてパーティーに向かうことになった。ドレスの色はきっとこの宝石の色に合わせられたのだろう。
髪はサイドだけ下ろされそうになったけど、全部まとめてもらった。ゼロスと初対面の時もそうだったが、サイドの髪を下されたのはきっとハーフエルフの尖った耳を隠すためなのだろう。たぶんパーティーに来ている人は私がハーフエルフであることを知っているし、私はハーフエルフであることに後ろめたさなんて持っていない。隠すだけ無駄というものだ。
「レティシアさま。ゼロスさまは先に向かわれました」
支度を終えてホールに向かうと執事のセバスチャンさん(執事のセバスチャンが実在するとは……)にそう告げられる。そんなのってあるの?と首を傾げると、どうやらお姫さまに呼びつけられたらしい。お姫さまのお呼びではさすがにマナの神子のゼロスも無視はできないようで。
「わかりました。一人で行けばいいのですか?」
「はい」
なら仕方ない。敵地に一人で乗り込むのは気が滅入るが、向かわないというのは選択肢には入れられないだろう。
というのも、このまま私が行かなければたぶんゼロスはお姫さまの相手をすることになる。それは私は構わないのだが、ゼロスには「婚約者がいるのによりによってお姫さま相手にうつつを抜かしている」という醜聞が立つだろう。
他の女の子と遊び呆けているのはそこまで問われないけど、お姫さままでいくと責任を取れないゼロスがスキャンダルの相手になるわけにはいかない。
そんなわけで私はゼロスの評判を落とさないために王城に向かった。駄々をこねてもセバスチャンさんに無理やり連行された気がするしね。セバスチャンさんはワイルダー邸の使用人の中では一番偉くて、私にも丁寧に接してくれるが、私とゼロスなら迷う余地もなくゼロスを取るだろうし。
馬車で王城へ向かい、エスコートのないまま降りる。待ち構えていた王城のメイドに招待状を渡してから尋ねた。
「ゼロスはどこにいますか」
「……神子さまはすぐにいらっしゃいます」
「そうですか」
本当かよ。メイドさんのあまり居心地の良くない視線を感じながらパーティーホールに案内される。
ホールはだだっ広く、大きな絵が壁に掛けられていたり高価そうな壺が飾られていた。これいくらくらいだろうと思ってしまうのは平民のサガだろうか。
とりあえずゼロスが来るまで下手なことはしないほうがいいなと壁際に寄る。こちらにちらほらと視線が投げかけられているのは気づかないふりをした。
このようなパーティーでは男女ペアになっているのが普通だ。未婚の人でもエスコートする、もしくはしてもらう相手はいてしかるべきらしい。私をじろじろと見ている人は女ひとり突っ立っているのが気になるのだろう。
ゼロスを待っている時間はひどく長く感じる。さっさと帰ってしまおうかと何度も考えながらため息を飲み込んでいると、ひそひそ声が聞こえてきた。
「あれはハーフエルフ――」
「――マナの神子の――」
全ては聞き取れなかったけど、なんの話をしているかはすぐ分かる。声の主の若い男性二人は不躾にこちらを見て、ニヤニヤと笑いながら私の方にやってきた。
「やあ君」
「……」
こういう手合いにどう対応すべきかわからなくてとりあえず黙る。事前にゼロスに言われていたのは自分から離れるなということだったので、一人放り込まれた現状はゼロスにとっても想定外なのだろう。
「おい、無視かよ」
「マナの神子の嫁に選ばれたからってハーフエルフのくせに勘違いしてんじゃねえのか?」
取り繕うのもやめて男たちがそんなことを言ってくる。猫かぶるのやめるの早すぎない?
「神子もかわいそうなこった、ハーフエルフなんかを抱かなきゃいけないなんてよぉ」
「日頃の行いが悪いんじゃないか?」
「はは、違いねえ。女好きの神子さまならハーフエルフでもなんでもイケるんだろうよ」
ゼロスに対してそんなことを誰が聞いてるかもわからないこの場で言ってていいんだろうか。……ダメだと思うんだけどなあ。
気がつけば私と男たちの周りには人がいなくなっていた。嫌そうな顔でこちらを見てくるご婦人は私と目があった途端顔逸らして立ち去っていくし、みんな似たようなものだ。巻き込まれたくないのだろう。
「だいたい平民の女なんか中古かもわからねえよなあ」
「俺たちで確かめてやろうか」
「そりゃいいな」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。こちらに伸ばされてきた手を私はとっさに結界で阻む。弾かれた手に男は目を丸くしてからこちらを睨んできた。
「魔術なんか使ってんじゃねえよ。生意気なハーフエルフだな」
「立場ってものがわかってないのか?」
「……わかっていないのはそちらではないですか?」
黙っていてはそろそろラチがあかないので仕方なく口を開く。男たちは私の言葉が癇に障ったようでいらだたしげに睨んできた。
「なんだと」
「神託に選ばれたくらいで――」
「同じではないですか。あなたがたも、たまたま貴族に生まれたくらいで何を勘違いしているのですか?」
うんざりしてしまう。貴族階級の人というのはみんなこうなのだろうか。私が神託に選ばれたのと、貴族に生まれたのとにどんな差があるというのか。
「この、薄汚いハーフエルフが……!」
「ハーフエルフだからなんだというのです?たまたま人間に生まれただけの人にそのように言われる筋合いはありません」
パチンと指を鳴らす。指輪としてつけていたアメジストから闇のマナが放出され男たちの目の前を暗く覆った。「うわ!」と悲鳴を上げた彼らの視界がふさがっている隙にその場から離れると、こちらに向かってくるゼロスが見えた。
「レティシア」
「……ゼロス」
割と近くにいたらしい。正装のゼロスは見慣れなかったが、知ってる顔があるだけで幾分か緊張がほぐれたと思う。私に近づいてきたゼロスに肩をぐいと抱かれたのにはびっくりしたけど。
「無事か?」
「私は無事です」
彼らはどうか知らないけど。しばらくは視界がふさがれているだろうが解いてやるつもりはない。
ゼロスは男たちを興味なさげに見たあと何も言及せずに私の肩を抱いたままホールの反対側に移動しはじめた。私もあの男たちとこれ以上関わり合いになりたくないのでそれに従う。
「悪かったな」
「……何がですか?」
「一人で来させちまってよ。姫のご要望とあれば無下にはできないんでね」
「そうですね」
ゼロスに怒ってもしょうがないことだ。実際面倒な輩に絡まれたわけだけど、おおごとには多分ならなかったから良しとしよう。
「お姫さまの方はもういいんですか?」
「俺さまが婚約者をいつまで放っておくようなやつに見えるか〜?」
「……」
見えると言うとちょっとアレかな、と思ったが、沈黙は完全に肯定だった。ゼロスが大げさに「ガーン!」とか口で言うので笑ってしまう。いつもと違ってきちんとフォーマルな格好をして髪もセットしているのに、普段のおちゃらけたゼロスと全然変わらないのになんだか安心するようだった。
……なんで安心するんだろうか?やっぱり、私を――というかハーフエルフを、よく思わない人たちの中に放り込まれて少しは心細かったとか?ゼロスもハーフエルフを良く思っていないけど、一応はマナの神子の婚約者をやっている私の身の安全を確保する立ち位置であるし。そういうことかな。
「ではお詫びに、私と一曲踊ってくださいますか?」
ちょうど楽団の演奏が始まって、これからはダンスの時間らしい。芝居がかった仕草で誘ってくるゼロスに、私も笑みを作ってその手に指を重ねた。
「はい、喜んで」


- ナノ -