夢のあとさき
エピローグ

救いの塔の跡地。もう天を穿つ塔はそびえたっていないのに、つい見上げてしまうのはなぜだろう。
「……本当に、デリス・カーラーンに行くのか」
ロイドの声が聞こえて私は空を見上げるのをやめる。私の目の前にはクラトスが、横にはロイドが立っていた。
「クルシスのハーフエルフがいては他のハーフエルフたちが住む場所を失う。この騒ぎの責任はクルシスの生き残りとして私が負うべきだ」
クラトスはロイドの問いに静かに答える。ロイドは一つ頷いた。
「俺はこの大地に残されたエクスフィアを回収する」
「……そして、私が……クルシスの所有していたエクスフィアたちを宇宙に流す。結局……最後までおまえを巻き込んでしまったな」
「そんなのは……いいけど」
ロイドはなにか言いたげに口ごもる。結局言わずに、私を見た。
「姉さんは、どうするんだ?」
何度も自分に問いかけてきたことをロイドも訊いてくる。
大いなる実りが芽吹いて、世界が統合されて。しばらくの間はみんなで世界を見て回っていたけど、それも終えて共に旅をしてきた仲間たちはそれぞれの居場所へ戻っていった。
ロイドはイセリアに戻って元の日常を過ごすのではなく、エクスフィア回収の旅に出るのだという。クラトスは今言ったとおり、責任を取るためにデリス・カーラーンに向かいエクスフィアの処分を行うのだという。
――私は、一体何がしたいのか。私がするべきことはなんなのか。ずっと考えてきた。世界を統合し、コレットを救うという目的を果たして、次に何をするのか。
「……私は」
息が詰まる。けれど言わなければならないと思った。
「私は、あなたについて行きたかった。……お父さん」
もう離れ離れになんてなりたくなかった。でもそれではいけないと胸の内で囁くものがいる。
「レティシア……」
「でも……駄目なんだ。私のするべきことはこの大地にある。もう甘えちゃ、駄目だって……」
泣きたくなんかない。でも涙が零れてしまっていた。ロイドが泣かないのに、私が泣くなんて変だけど、拭っても拭っても涙が止まらない。
クラトスが私の頬に手を伸ばした。その胸に抱き付いてやる。
だってこれが最後なんだから。
「私も旅を……続けるよ。エクスフィアの回収も必要だけど、それだけじゃない。統合されたばかりでこの世界はまだ安定してない。そのために何をするべきか、探すために」
「……ああ」
まだ何をするべきか分からないのなら、それを探すことから始めなければならないと思う。
顔を上げる。クラトスはすこし悲しそうに微笑んだ。別れを覚悟した顔だった。
「おまえのことも……苦しめてしまった。だが、おまえは私を父と呼んでくれるのだな。――レティシア。おまえは私の自慢の娘だ。一つ頼みがある」
「……うん」
「私の名を継いでくれ。ロイドはアンナの名を。おまえは――私の名を」
「うん……っ!」
涙で濡れた顔だと分かっていたけど、私は頷いた。嬉しかった。私が娘であることをずっとずっと、認めてくれているようで。
「姉さん」
ロイドが私の肩を叩く。私は涙を拭って、一歩下がった。
「ごめん、ロイド」
「ううん。いいんだよ。姉さんがもう、苦しまないなら」
ロイドは私が決闘を任せたときからずっと分かっていたのだろうか。私のことを追い越して進んでいくロイドは、ずっと。そんな弟の優しさに甘えるのも、今は自然にできていたと思う。
「……そろそろ行くぞ。その剣で我らをデリス・カーラーンに運んでくれ」
クラトスが静かに言う。ロイドはそれに応えてエターナルソードを手に取った。
「……さよなら。……父さん……っ!」
「お父さん……。さよう、なら……」
そして私たちの道は分かたれる。同じ場所を目指していたはずなのに、別れが訪れるのは悲しいことだ。けれど、その悲しみは乗り越えなければならないものなのだろう。

目の前にはもうお父さんはいない。私とロイドは父の去っていた空を見上げていた。
「……これで、よかったんだよな。止めなくて……よかったんだよな」
ロイドが自分に言い聞かせるように呟いた。私たちの手の甲が触れ合って、手を繋ぐ。お母さんのエクスフィアの宿ったロイドの左手と、私の右手で。
「そうだね……」
止めたかったのは私たちの本音だった。でも引きとめることはできなかった。本当はいかないでと子どものように泣きたかった。どうしてまた離れ離れにならなければいけないのかと感情のままに訴えたかった。
「でも俺には俺の、姉さんには姉さんの……父さんには父さんの、やるべきことがある」
「うん。ロイド」
私たちは涙で濡れた瞳で見つめ合った。そして互いに頷く。
「帰ろう。私たちの家に」
「……ああ」
また私たちは旅に出るのだろう。けれど帰る場所はいつだって親父さんがいて、お母さんが眠っているあの家だ。
私とロイドは手を握ったまま歩き出す。
別れの悲しみと、そしてこの大地でやるべきことを成す決意を分かち合うように。

(fin)


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