夢のあとさき
95

ロイドがクルシスの輝石を壊した。その破片が舞う。光は悲しいほど美しかった。

「さよならだ、ボクの影。僕が選ばなかった道の最果てに存在する者。ボクはボクの世界がほしかった。だからボクは後悔しない。ボクは何度でもこの選択をする。この選択をし続ける!」
クルシスの輝石を壊さなければ輝石に乗っ取られて永遠に生き続けてしまう――そんなミトスにジーニアスは「ミトスのままで逝かせてあげて!」と言った。輝石があるかぎり生き続けるその人に、死という形の終わりを与えるにはそうするしかなかったのだ。
ミトスは後悔しないと言った。それが悲しい。この世界に居場所がない、居場所を得るために戦い続ける――それがミトスが何度でも選ぶ道なのだ。
「……ここに……俺たちの世界にいてもよかったのに。バカやろう……」
クルシスの輝石に剣を突き立てたロイドが苦し気に呻いたのが耳につく。私も目を伏せた。
私たちでは結局ミトスの居場所になることはできなかったのだ。絶望してしまった彼はてのひらから零れ落ちてしまった。――そう思うこと自体が傲慢なのかもしれない。けれどそう考えてしまう。
息を吐く。どこからかオリジンの声が聞こえてきた。
「古き契約の主は消えた。新たなる契約の主よ。この剣に何を願う?」
「二つの世界をあるべき姿に!」
エターナルソードを手にしたロイドは迷わない。そして、目の前の世界が変貌する。

私たちが立っているのはデリス・カーラーンではなく、恐らく救いの塔の跡地だった。世界はこれで統合されたのか――そう安心したが、精霊たちが舞っているのを見てなんだか胸騒ぎがする。
「願いはかなえた。しかし、楔がない。楔がなければ大地は死滅する」
精霊たちが消えていく中、オリジンだけが残って私たちにそう告げた。楔がないから……?
「どういうことだ?」
「元々世界は滅亡を防ぐために二つに分けられたのだ。あるべき姿に戻れば世界を支えるマナは不足する。大地は……消滅しようとしている」
そうか、今あるマナだけではもう足りないのか。なら、私たちのすべきことは一つだ。
「世界の滅亡を防ぐためには大いなる実りの芽吹きが必要だと言うことか」
「そうだ。二つの世界を支えるために大樹を楔とする」
「……そうか!」
ロイドが頷いた。大樹を目覚めさせるためにはデリス・カーラーンのマナを照射するしかない。そしてそれはエターナルソードを持つロイドにしかできない事だった。
「ロイド。デリス・カーラーンが去ってしまう前に大いなる実りにマナを照射するんだ」
「よし!頼む、エターナルソード!」
ロイドはエターナルソードを掲げるが、オリジンが口を挟んだ。
「すでにデリス・カーラーンは大地の引力圏を離れようとしている。これを引きとめることは、かつてのユグドラシル……ミトスすらできなかったことだ。それでも、やるのか?」
「ああ」
「エクスフィアで強化していても体が持たないだろう。それでも本当にやるのか?」
「やるったら、やるんだよ!やんなきゃどうしようもないだろーが!」
オリジンが何を言おうが関係ないとばかりにロイドが言う。そうだ、私たちの大地を護るためには出来ないと言われようともするしかないことだった。
「……承知した」
オリジンはそんなロイドの返答に頷いた。そしてエターナルソードに応えるように大いなる実りが降下していき、デリス・カーラーンから同時にマナの帯が広がるのも見える。
しかしそのマナが大いなる実りに照射されることはなかった。
「どうしてだ!?マナがはじき返されちまう!」
「大いなる実りが……死んでしまっているんだわ」
コレットが応える。死んでいる……?もう、駄目だというのか?肯定するようにロイドの手にあったエターナルソードも消えてしまう。
「待て!行かないでくれ!頼むから、目覚めてくれ!」
ロイドと同じことを思いながら私はロイドの手に手を伸ばした。ロイドの左手のエクスフィアに私のエクスフィアを重ねるように手を添える。
お母さん。どうか、ロイドに――あなたの息子に、力を貸してください。
願いを込めるように祈る。エクスフィアからずっとロイドを見守ってきた母に届くように。
気がつけばロイドの周りには輝く破片が舞っていた。これは――ミトスの壊れたクルシスの輝石だ。
はっと顔を上げるとロイドの背には羽根が開いていた。ロイド自身も驚いた顔をしながら空へと昇っていく。
その手にはまだエターナルソードが握られていない。けれどエターナルソードが消えてから大地から離れようとしていた大いなる実りとデリス・カーラーンの動きは止まったように見えた。
不意に視界の端でコレットが羽ばたく。彼女は意志の強い瞳でこちらをみて微笑んでからロイドのもとへ飛んでいった。
「ロイド……」
手を固く握る。祈るように見上げていると、ふと私の肩に誰かの手が置かれた。振り向くとそれはクラトスで、力強く頷かれてなんだか安心してしまった。
大丈夫だ。ロイドを信じろ。声に出していなくてもそう言っていることが分かる。私も一度頷き返すと再びロイドとコレットを見上げる。
二人の手にはエターナルソードが戻っていた。そしてその剣を掲げ、振り下ろした瞬間――マナが一直線に大いなる実りに降り注いでいくのが見えた。

――それは流星のように。私たちの願いを叶えたのだ。


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