身代わりマリー【源不】


気紛れにキスをした。
切っ掛けはただそれだけだったように思う。


「明王、遅くなってすまない」


温かな食事を乗せたトレイを手に、源田幸次郎は柔らかな笑顔を称えながら部屋に入ってきた。
そんな源田に俺はご機嫌、とはかけ離れた様子できつく睨み付ける、が効果無し。顔面に貼り付けられた笑顔にあっさりとカウンターを食らってしまった。


「………飯、なに」

「明王が肉を食べたいと言っていたからな、今日はしょうが焼きとけんちん汁にしてみた」

「葉っぱ乗せてくんじゃねーよ、トマトとかいらねぇし」


ちらりと皿を覗き込んだ不動は、出来たてなのかまだ美味しそうに湯気を立てるしょうが焼きの隣の付け合わせであるキャベツの千切りとプチトマトを邪魔そうに指差した。


「葉っぱじゃない、キャベツだ。トマトも、これはすっごく甘くておいしいんだ」


わざわざ高いのを買ってきたのに、と文句を言う源田に、どうせ食べないのだから無駄だと不動はツンとした態度で返し、そっとテーブルに置かれたトレイの方を向けば先程から空腹を覚えていたのかすぐに箸を手にする。


「いただきます」


意外にも行儀よく挨拶をしてから食べ始めた不動に、源田は一瞬驚いたような表情を浮かべてしまったがすぐに満足そうに笑いながら不動が食べる様子を眺める。


「明王、美味しいか?…キャベツ苦手ならな、肉と一緒に食べるとさっぱりしていいぞ」

「…………別に、苦手なわけじゃねぇよ」


優しく諭すように言われてしまうと、逆にバカにされているような気がしてしまうのかどこかむすっとしながら、不動はキャベツにマヨネーズをめちゃくちゃにかけてから一気に掻き込むように食べ、一瞬躊躇った後に小さな赤い実も口にして咀嚼する。
行儀はよくなかったが、不動が嫌いな物をしっかりと食べ切った事実の方が嬉しかったらしく源田は小さく手を叩いて無邪気に笑った


「珍しくちゃんと食べたじゃないか、偉い偉い!」

「子供扱いすんじゃねーよ」


不快そうに言いながらも、なんとなくそこまで悪い気はしなかったらしくどこか照れたような表情すら浮かべながら食事をとっていく。

綺麗に平らげてから箸を置けば、また行儀よく手を合わせてごちそうさまと呟きベッドヘッドによりかかった。


「はぁ……相変わらず飯だけはうめぇな」

「至れり尽くせりしてるつもりなんだがな」


食事のトレイを持ち上げ立ち上がれば一旦部屋を出ていくものの、すぐに湯の張ったたらいと真新しいタオルを手に戻ってくれば、それを濡らしてしぼっていく。
温かな濡れタオルを手にして不動に向き直れば、またお得意の笑顔を向けてからそっと腕を掴み優しくタオルを肌に滑らせて始めた。


「……毎日毎日、んなたりぃ事するくらいならシャワーくらい浴びさせろ」

「ダメだ、明王は逃げるだろ」


どうやら前科があるらしく、バツが悪そうにしながら“脚に繋がった鎖をじゃらりと鳴らす”
それにしたってこれはあんまりじゃないかと言えば、源田は困ったように笑って不動の細い足首にキスをした。




俺が他の男に抱かれているところを偶々見てしまって、あんまり辛そうにしているもんだから、幼子をあやすつもりでキスをしてやれば、そのまま済し崩しに抱かれてしまった。
重い腰を引き摺るように部屋を後にしようとすれば、目覚めた瞬間泣き喚きながら捨てないでくれだのなんだの、結局また手酷く抱かれて挙げ句繋がれて、それからずっと何が楽しいのかわからない。源田のベッドの上で寝て、食って、夜になると必ずと言っていい程抱かれて、そんな生活が続いている。


「……源田ぁ」

「なんだ?」

「………、…幸次郎」

「………なんだ?」


最初はふざけるなと思った、思ったどころか叫んだ、喚いた、殴ったし蹴ったし、とにかく色々しでかした。が、今となっては不動明王は、源田幸次郎をすっかり憎みきれなくなっているのが紛れもない事実だった。


源田幸次郎になら、飼い殺されてもいいかもしれないと、そこまで思ってしまった。


「……サッカー、してぇ」

「そうだな、そろそろ体が鈍ってしまうな」

「わかってんなら………」


一瞬鎖に目をやるが、結局何も言わずにゆっくり体の力を抜いて寝転がってしまった。源田はそんな不動に覆い被さるように、後ろから抱き締めるような格好で寝転がり幸せそうな笑みを浮かべた。


「不動、愛してるんだ」

「そうかよ」

「ずっと側に居たいんだ」

「……だったらよぉ」






俺を抱くときに、鬼道の名前を金輪際呼ぶんじゃねぇぞ!








「いいや、それは無理だな」
10.7.27--身代わりマリー
-----鵯

結局不憫な明王が美味しい。

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