トラップ×トラップ


軽々となまえのことを担ぎ上げたその男に見覚えがあった。
いつだかに手配書を握りしめたあいつが会ってみたいと口にしていた人物。たしかトラ…、トラなんちゃらかんちゃらってヤツだったか。

いったいどこで仲良くなったのか経緯こそわからねェが、そいつと共になまえがこの場から姿を消した。

深く帽子を被っていて表情こそ読めなかったものの、消えゆく間際に見えたのは縋るようにあの男の服を握りしめるなまえの小さな手。
その瞬間を思い返し、ナナを支えるのとは逆側の手で固く拳を握りしめる。

じわり、じわり。
ゆっくりと掌に爪が食い込んでいくのを感じながらじっとつま先を睨みつけた。


「……なにやってんだよい、エース」


狼狽えるシロクマと対面の状態で黙りこくっていれば、聞き慣れた声が耳に届いて視線を上へと持ち上げる。
すると予想通り、額に青筋を浮かべたマルコが静かに怒りを漂わせて上空から降りてくるモンだから咄嗟に顔が引き攣った。大方、一通りの流れを上から見ていたに違いない。

……これはくる。覇気という強烈なオプション付きの一撃がくるぞ。
溢れ出る長男坊の怒りオーラを全身に浴びながら、思わず一歩退いてしまう。

そんな中、ふと数十分前の出来事を思い返した。


+ + +


ナナを背におぶり、人の合間を縫いながら足を速める道中。案内に従い島の内部に進むにつれて、元より悪かった治安がさらに度を増してきた。そう思ったら、根拠はなくとも何処か嫌な予感が沸いてきてチラリと後ろを確認する。

するとまあ、嫌な予感ってやつは無駄に当たるもので。


「……なまえ?っ、なまえ!」

ついさっきまでワイワイ騒ぎながら後を追ってきていたはずのなまえの姿がないことにその時初めて気が付いた。血の気が引いて咄嗟に走り出そうと一歩踏み出すも、その振動でナナが痛みの滲む呻き声をあげたので駆け出した勢いを急いで殺す。うおっ!やべ!


「悪ィ!だ、大丈夫か?!」
「っ、ごめんなさい…。早くなまえちゃんを探してあげないといけないのに…。」


首もとに回されたナナの腕にぎゅっと力が籠るのがわかる。
距離が縮まったことでコロンの香りが強まったことを無意識に感じながら、頭の中ではなまえの泣きそうな顔が浮かんでは消えてを繰り返す。

一刻も早く探してやらねえと…。


「……なあ悪い。ちょっと電話してもいいか?」
「え、ええ…。」


俺と行動を共にしていたなまえは電伝虫を持ち歩いていない。
つまり今から掛ける相手はこの状況を素早く理解してくれて、尚且つ頼りになるであろうあの男。出掛ける寸前にあれだけ念を押されたんだ。それを守れなかった現状、半殺しにされることを覚悟のうえで今か今かとコール音が切れるのを待つ。


『……で?』
「なまえと、ハグれちまった」
『あァ?』


目を細めた電伝虫からドスの効いた声が零れると、背中にいるナナが小さく肩を跳ねさせたのが伝わってくる。
とにかく順を追ってこの状況に至るまでを説明すれば、ガタっと乱暴に椅子から立ち上がる音に加えて鋭い舌打ちが聞こえてきた。こんな時ばかりは電伝虫の繊細な表情伝達を要らぬ機能だと思う。


『…エース、お前は先にその怪我させた相手とやらを送り届けろ』
「でも、」
『俺が上から探す!その代わり送り届けたらお前もなまえを探せよい』


と、そんなやりとりを交わして今へと至るわけだがーー。


「怪我人を送り届けるんじゃなかったのか?」
「あァ…。」
「だったらどーして店から出てくんだろうなァ」


言葉が発される毎にビリビリと空気が震える。
ブチ切れ寸前のマルコを前に、横に立つシロクマさえもが「ひっ!」と怯えた声を落とした。


「あっ、あの!違うんです!」


そんな中、まさかのまさか。
この張り詰めた空間にナナが飛び込んできたではないか。


「…違う?」
「わたしがエースさんの優しさに甘えたんです!お母さんに頼まれたケーキを取りに行く途中だったってお話したから…。」
「違ェよ。ナナが悪いんじゃない。もしかしたらなまえも目的地の方に向かうんじゃねーかと判断したのは俺だ」
「で、結果的に運よく遭遇したもののお前らのその状況見てイジけて逃走したってわけかよい」


金髪をくしゃりと乱して気ダル気な目で俺を見据えるマルコ。
そのまま足を踏み出したかと思えば、ゆったりとこっちに近付いてくる。

ああ、ついにぶっ飛ばされるのか…。けど当たり前だ。大事な仲間を危ない目に遭わせたのは紛れもない俺自身で、目の前で成す術もなくそいつを連れ去られたのも事実。

来たるべき衝撃に備えて、固く目を瞑る。


「……。」
「……。」
「…………マルコ?」
「ハア…、行ってこいよい馬鹿エース」
「え?」


いつまで待っても訪れない痛みに首を傾げていると、ため息交じりに指令が下って思わず間の抜けた声を出しちまった。想定外の展開に唖然とする。
いや、だって俺ァてっきりぶん殴られて蹴飛ばされて制裁されるモンかと…。


「咎めるのは後だよい。あの男、下手なことはしないだろうが早くしねーと余計イジけるだろアイツ」
「……おう」

マルコの言葉に、ぎこちなく首を縦に振る。

「エースさん…。」
「ナナ、最後まで送れなくて悪い…。足、ほんとごめんな」


右手で支えていたナナに深く頭を下げ、今一度謝罪の言葉を紡ぐ。
そのままマルコの方へ誘導しようと動けば、ナナの眉が八の字に下がりその表情は暗く曇った。


「あー、えっと…。マルコは俺の仲間でよ、すっげー強ェから安心しろ!」
「エースさん」


てっきりマルコを怖がってるのかと思ってフォローを入れるが、切ない声で名前を呼ばれギュッと腕を組まれてしまっては言葉に詰まる。


「……ナナ?」
「不謹慎かもだけど…。わたし、ぶつかったのがエースさんでよかった!」
「ケガさせたんだぞ?よくはねェよ」


僅かに目を潤ませる少女の頭にポンと手を置き、ゆるく笑顔を浮かべる。
すると次の瞬間、顔を赤らめたナナに腕を強く引かれてぐらりと身体が傾いた。

「う、わっ!」

一瞬にして接近した互いの顔の距離に目を見開いたその瞬間――、


モフン

「……?」

顔全体に感じたモフっとした感触に、何事だと思考が停止する。
そしてなんとか姿勢を立て直し謎のモフモフから顔を上げると、例のシロクマの大きな手が俺とナナの間にあって。ふと目をやれば「行くんだろ!なまえのとこ!」とぐいぐい身体を引かれ、半ば引き摺られる形でその場を離れた。


……しかし、なんだ。
心なしかシロクマが不機嫌な気がする。

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