03
「・・・・・・やはり」
早朝。
蒼詠は井戸の前で自身の左腕を見ては眉を寄せていた。
それほど深くはないが、左腕に走った引っ掻き傷が少し赤く腫れていた。
「おはようございます、蒼詠様」
不意に背後から聞こえた声に蒼詠は内心ひやりとした。
考え事をしていたとはいえ、気配に気付けなかったとは。
「おはようございます、鈴姫様」
「鈴姫・・・」
「真名をお呼びするわけにはいきませんので・・・」
「どうして、姫なのですか・・・?」
警戒心は解いていないが、それでも彼女は気になった事を尋ねた。
蒼詠もそれに気付いているのだろう。
あまり良い顔はしていない。
いや、初対面の時から態度にも表れていた様に思う。
どうしようと思っていると、ふと、蒼詠のむき出しの左腕が目にとまった。
「それは・・・」
「何でもありません」
「まさか・・・私を庇った時に・・・」
「何でもないと言っているではありませんか。あなたのせいではありませんのでお気になさらず」
「何でもないはずありません・・・っ!!」
慌てて腕を隠そうとする蒼詠の腕を掴んで引き止める。
「赤くなっているではありませんか。妖の傷を侮ってはいけません。―――失礼します」
菘は傷に触れないように蒼詠の左袖をまくった。
思っていたよりは深くはないが腫れている。
「放っておいてください。こんなもの、直ぐに直りますから。我々は人よりも治癒力が高いので」
「少し、痛むと思いますが我慢してください」
恐らくは自分でかけようと思っていたのだろう。
井戸の傍に置いてあった小さな酒瓶の蓋をはずして中に入っていた酒を一気に傷口にかける。
「・・・っ、・・・なかなか荒療治ですね」
「痛みますか?・・・人よりは丈夫とおっしゃったので大丈夫かと思いまして」
少し抜けているのかわざとなのか、考えるのが面倒になって蒼詠は菘にされるがまま包帯を巻かせた。
「これで、よし」
「・・・ありがとうございました」
「いえ。・・・どこかへ行かれるのですか?」
礼を言って笠を被った蒼詠を見て菘は首を傾げる。
「ええ。少し・・・放浪癖がありまして、旅に」
旅。
それにしては持ち物が少ないどころか何もない。
手に持っているのは錫杖くらいだ。
「鈴姫様。無礼をお許しください。少々試させていただきました」
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