がんばれ光也くん




 場所は布団の上、目の前には片立て膝の静馬、状況は。

「……し、シズさん……」
「おう」
「…………したいっす!」
「あいよ」

 光也はへにょん、と薄い眉を下げる。
 あまりにも男らしい返事に勢いが挫けかけそうなのだ。
 分かっている、静馬は「やることやるのに変わらないんだから、ぐだぐだ言うことねえだろ」くらいにしか思っていない。ただ、光也はもう少し繊細なのだ。
 慮ってほしい、と言うのはお門違いだと流石に分かっているので、光也はせめて、と静馬の頬に手を伸ばす。

「お前、手ぇがっくがくに震えてるが大丈夫か」
「だ、だいじょうぶっす」
「滅茶苦茶声裏返ってるんだけど」

 光也はキッスの一つもしようと静馬に手を伸ばしたのだが、どういうわけだか手が震える。ぶるっぶる震える。静馬曰くがっくがくに震えている。
 これからふたりは助平する予定だというのに、ナンテェコッタィ。
 そう、光也がしたいのは助平であった。破廉恥なことであった。
 現代に分かりやすく準拠して言えばセックスだ。
 わぁお、と内心で光也は心臓を押さえるが、内心どころか現実でも心臓を押さえて静馬に「大丈夫か? 救心いるか?」と労られている。
 光也は何故に静馬がそこまで冷静なのか問いたい。光也は女性経験ならばあるが、男性経験は静馬が初めてだ。静馬も……怖い人に言い寄られていたけれど「経験」はないだろう。ないはずだ。多分。
 それなのに、これから同性に抱かれようというときにどうしてそんなにも……

「シズさん……」
「どうした」
「男同士って、どうやるんすか」

 猫背ながら正座して訊ねた内容は、あまりにも間抜けであったけれど、心底真面目で大切なものであった。
 静馬の眼差しが生ぬるくなるほどに。

「今日は、やめような」

 静馬が光也の肩へ手を置く。

「あ、あ、あ……」
「ほら、お前も布団に入れ」

 広げられた布団、そっと引かれる肩。

「ああぁぁ……」

 光也はやさしく布団に寝かせられ、肩をぽんぽん叩かれてまんまと熟睡した。
 翌日の目覚めはすっきり爽やかであった。
 目覚めの珈琲を口にする静馬がやけに男前で、このひとに抱いてもらうほうがいいんじゃないかな、と光也は一瞬思った。



「っそれじゃあ駄目なんだよお! 俺がしたいんだよお!!」
「うおっ、うるせえな」
「うるせえよ!」
「お前がなっ?」

 休日、真境名のもとへ押しかけ、詳細を話さぬまま愚痴をまくしたてる光也は、小学生の頃に標語で見た人が嫌がることを進んでやれという教えに従っただけなのだ。誤用であることを指摘してくれるひとは未だにいない。

「なにがあったんだよ……」

 そんな光也に付き合ってくれる真境名はほんとうに良い友人だ。交友関係を大雑把に見ると、ちょっとどうかな、と思う部分がないわけでもないけれど、一発でこいつないわー判定喰らうやつらとは比べ物にならない。

「恋人といい感じになりたい……」
「え、ヤッてねえの?」
「ぶっ殺すぞ! 安易にあのひとでゲスい想像するんじゃねえ!」
「顔も知らねえのに想像のしようがあるかよ! なんなの、お前。情緒不安定っ?」

 あながち間違っていない指摘を受け、光也はその場でごろりと寝転がる。安っぽいラグが頬にちくちくした。

「てきとうに雰囲気作ってラブホにでも誘い込めばいいじゃん」
「肋骨抜き取るぞ」
「却下ばっかりかよ」

 あのなあ、と光也は起き上がり、まるで真境名がしょうもないことを言ったかのように説教の体で話し出す。

「あのひとは俺にとって滅茶苦茶大事なわけ。普通に抱きつくとかはできるけど、その……そういう……」
「セックス? なんでお前童貞みたいになってんの?」
「うるせえよ……まあ、そうだ。それ目当てに触ろうとすると……手が震えるんだよ……あと……なんでもない」

 やり方が分からないとは言えなかった。なんといってもちょっとした悪いことも共有した友人である、多少は女事情も知っているし知られている。
 相手が同性だと知られて勘ぐられるのも嫌なら、気味悪がられるのも煩わしかった。
 真境名は口ごもった光也を追求せず、数度頷くと腕を組む。

「まあ、辛いよな」
「おう……」
「その若さでかあ……」
「……あ?」

 真境名の視線は光也の股間に向いていた。

「この度はやんちゃ盛りの息子さんを亡くされたそうで……」
「勃つわ、馬鹿野郎!!!」
「じゃあ、あとは突っ込むだけじゃねえか」

 それを何処にということで悩んでいるのだと喉まで出かかったが、寸で光也は飲み込む。

「……お前のところになんか来るんじゃなかった」
「押しかけておいてこれだよ……──光也」
「なんだよ……」

 しおしおと猫背を更に丸めて海老のようになりながら、光也は振り返る。
 直後、顔へ向かって投げつけられたもの。
 反射的に掴んで、光也はそれがDVDだと知る。内容は──「あにまるびでお」だ。

「青春の教科書ときたら、これだろ?」

 ウインク一つ、いいことしたぜとばかりの真境名の顔面に、光也は思い切り「あにまるびでお」を叩き返した。


 軽い殴り合いを経て「二度と来るかバーカ!」と絶対に反故にするであろう捨て台詞を吐いて真境名の自宅を飛び出た光也はそのまま自宅へ帰り、ろくに着替えもせずに端末で「あにまるびでお」を取り扱うサイトへと飛んだ。
 飛んで、飛んで、飛んで……墜落した。

「ひぇぇ」

 手近なタオルを握りしめても離せない視線の先、おと……雄と雄がオッスオッスとボディを用いたコミュニケーションを取っているのだが、そのコミュニケーションの激しさに光也は震え上がった。そも、なんか拘束具とか見たこともない見ても用途が一瞬分からない器具とかが出てきている。こわい。
 器具がいよいよ使われるというところで光也のメンタルは限界を迎え、急ぎ再生を止める。なにこれ、こわい。新しい扉を開きにきたら会場間違えたってレベルじゃない。
 数分間うんともすんとも言わずに固まり続けた光也であるが、徐に動きだした彼は「ゲイ」とだけ打ち込んだ検索欄に単語を付け足す。
「リリカル」「ハートフル」
 光也の負った傷は大きい。
 ゲーセンで取った特に欲しくもない大きなぬいぐるみを持ってきて、光也はぎゅっと抱きしめながら新たな「あにまるびでお」を探し始めた。
 光也は転んでもただでは起きない。
 十数分後、やや煤けた光也はぽつりと呟く。

「ばしょはわかった」

 光也はそのままぱたん、と横に倒れる。光也の腕から転がりでたぬいぐるみが、虚ろな目で天井を見上げていた。

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