青にして白金の双銃(後)



「………………あの子が欲しい」

 無意識の呟きは口のなかで溶けてしまうほどに小さなものであった。
 にも関わらず、舞台の上に立つうつくしい武器は自らを造った職人の手を払うように観客席へ振り向き、その青い目へ確かに、たしかに一を映したのだ。
 青い目が自分を見ている。
 美しい色のなかに、自分が映っている。
 一は無意識などではなく、自分の意思で以って言葉を繰り返した。

「きみが欲しい」

 青い目が一瞬、微笑みを乗せる。
 しなやかな腕が動き、細い指先がドレスを摘む。
 淑やかな恭順の礼。
 紹介の場で武器が見せるはずのない仕草に観客席がざわめき、司会者が慌てるなか、翠だけが退屈そうに一に向かって手招いた。

「ッ私だ! 私のものだ!」
「いいや、選ばれたのは俺だ!!」
「なにを仰っているの? あの美しい銃はあたくしのものよ!」

 翠が手招きした方向、一の近くにいた客が声を荒げる。
 誰も彼もがあの武器を欲しているのだ。
 しかし、一に焦りはない。

「あの子に認められたのはぼくみたいだから」
「つかみ合いの喧嘩してるとこ悪いけど、そこの黒髪眼鏡のひと……ああ、きみ……佐前十一か。まあいい、早く来てくれないか」

 司会者からマイクを取り上げ、翠が名指しで一を呼ぶ。
 自分を知っていたことを意外に思いながら、一は舞台へ向かう。
 向かい、ぱっと顔を上げて駆けてきた武器に驚く。
 一のもとに一直線に駆ける武器はドレスの裾などものともせず、それすらもひらりひらりと見目麗しく翻して一に両腕を伸ばした。
 まるで、熱烈な恋人がするように一の首に両腕を回した武器は、一度だけ後ろを振り向いた。
 そのときの武器の表情は一には見えない。
 しかし、たしかに聞こえた。

「……はっ」

 心底唾棄しているものに鼻を鳴らす武器は、一の首から肩、両腕をなぞるように繊手をすべらせると僅かに顔を曇らせ、しかし仕方ないというような表情を浮かべると一の両手にそっと自らの手を重ねた。
 ふわり、白金が一の両手のひらの上で渦巻く。
 目の前に人型の武器の姿はなく、一の両手には二丁一対の装飾銃がぴったりと合わせたように収まっていた。

「お買上げということでいいよね?」
「あ、はい」

 翠が契約書を差し出してきたので、一は係員が恭しく差し出してきたベルベットを敷いた台に装飾銃を置き、契約書にざっと目を通して署名する。
 天才が造り上げたうつくしい半自動銃は、それに相応しい対価を求めていたが絵を描く以外にこだわりのない一が支払うのに支障はなく、また渋る理由もなかった。

「あの、舞台上でって問題じゃないんですかね」
「武器が所有者を定めたなら、態々場を設けるのなんて時間の無駄だよ」
「そうなんですか」
「所有者がいる場合の武器は、使用者を持たないからね。あれはもう、完全にきみのものだよ。きみが支払いに応じなかったら、きみが死ぬまで予約品ってところかな」
「そういうものなんですね」

 武器にまるで疎い一の応答に、翠は不愉快な様子もなく退屈そうな態度のまま契約書をしまって舞台を後にする。
 一も係員に促されて舞台から降りたが、彼の予定はもう終わってしまった。
 美しい武器は散々見て、最もうつくしい武器が自らのものになった。
 これ以上、展覧会にいる意味はない。

「……帰ろうか」

 武器が収められた箱を大切に抱いて、一は自宅へ向かった。



 佐前十一は許可なく人物をモデルにしないが、十一の評判を知っていて同意して尚、描かれた自らの姿に十一を、一を憎悪するものがいる。
 彼女もそんな一人で、伝手を辿り、金を積んで、十一のモデルになったというのに、その結果は伝手を辿り、金を積んで、十一の抹殺を図っている。

「うわあ、プロのひとだよね……怖いなあ」

 一は画材の買い出しの帰り、不審な車に轢き殺されかけて危うく避けて培った勘でその場から逃げ出した。すると、刃物を持った男が現れて一を追いかけ始めたのだ。
 明らかに人気のない場所へ誘導されているが、一は走るので精一杯だ。絵を描くときの集中力と体力に自信はあっても、運動はからっきしである。

「ああ、もう……困ったね」

 苦笑いを口元に浮かべたところで、一はとうとう誰もいない倉庫に追い詰められる。

「ねえ、どうか話し合いでどうにかならないかな?」
「問答無用」
「そういうものだよね」

 刃物を持った男が走ってくる。
 一はゆったりした袖に仕込んでいた装飾銃を両手に落とし、そのまま地面へ向かって発砲した。
 どさり、と重たげな音。
 呻き声を上げる男が地面に倒れ、呂足から血を流している。
 一は苦笑いを深めながら、両手のひらに装飾銃を乗せて己の武器を呼んだ。

「美由」

 ふわり、と揺れる白いドレス。
 繊手が白金の髪を軽く払い、青い目が一を睨んだ。

「下手くそ」

 一は笑う。

「美由がいつも調整してくれるから、ぼくは魔弾の射手とか呼ばれているらしいよ」
「ふざけないでちょうだい。いつもいつも明後日の方向に撃つんじゃないわよ。それくらいなら、最初からあたしにさせなさい。なんのための半自動だと思っているの」
「ごめんね」

 半自動装飾銃、美由は不機嫌そうな顔をすると人間的な温かみの消えた眼差しで地面でのたうつ男を見る。

「どうするの」
「お巡りさんに任せるよ」
「そう。でも、これくらいの用心はするわよ」

 すらりと伸びた玉臂の先、装飾銃から放たれた弾丸が男の手をふっ飛ばした。

「飛び道具を持っていたら手だけで十分だもの」

 酷い悲鳴がまるで聞こえていないように肩を上下させる美由に「そっか」と頷いて、一は警察に連絡しながらその場で待つ。外に出た途端に他の相手から襲撃されるより、倉庫内という限られた範囲のほうが美由を所持する一にとって安全であった。

「埃っぽいところ」
「帰ったら整備しようか?」
「平気よ」
「ならよかった」

 言いながら、一は買ったばかりのスケッチブックを取り出し、美由を見ながら鉛筆を走らせる。

「武器なんて、いつ見ても変わらないのに熱心ね」
「いつ見てもうつくしいから、何度でも描きたくなるんだよ」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ」
「ふうん」

 そうして一は警察が来るまでの間、最愛の装飾銃ととりとめなく言葉を交わしながらスケッチブックに向かい続けた。
 一のアトリエには既に何枚もの装飾銃が描かれている。
 描かれた武器が一を憎悪したことは――ない。

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