担い手と職人




「エスペランサ」

 呼ぶ声に対する応えは無機質な視線。
 深い緑色の目はおおよそ感情というものを置き去りにして、ただ色を透かした硝子玉の体を晒す。

「今回の報酬だ」

 小振りなジュラルミンケースに敷き詰められた札束を一瞥し、エスペランサと呼ばれた男は浅黒い手でそのうちの一つをぱらぱらと手慰みのように捲くる。

「新札、ね。全部本物か?」
「お前相手にちょろまかすほうが怖い」
「だったら、こんな面倒なことすんじゃねえよ。使い難い」

 大体、と初めて彼は表情らしい表情を浮かべる。
 鼻に皺を寄せて不機嫌を晒す彼は、現金手渡しというやり取りを好んでいない。全て振込で済ませて欲しいのだ。出向く手間も、持ち運ぶ手間も、彼はうんざりしていた。

「定期的にこれだけの金を振り込んで睨まれるのはお前のほうだよ」
「……面倒臭え」
「痛い腹は探られたくないだろう? エスペランサ」

 彼はもう返事などせず、閉じたジュラルミンケースを片手に歩きだす。
 ひらひらと手を振って見送る相手は、彼がこれから向かうであろう先のことを考えてほんの少し羨ましくなった。
「魔法使い」のファンは多いのだ。



 家族であっても無断で入ることはしないであろう自宅へ、彼は住人でもないのに平然と鍵を開けてなかへと足を踏み入れる。
 自身の住まいが如く慣れた足取り進む先、寝室のドアをノックもせずに開ければ目当ての人物は予想通りの姿で其処にいる。
 容姿だけを切り取るならば繊細な美人と言って差し支えのない男は、しかし彼の前でぐったりとベッドに突っ伏して浜辺のアザラシが如くであった。

「おい」

 声をかけるも無反応。
 彼はベッドに腰掛けて、なんでもないように伸ばした手でシーツへ散る黒髪へ指を通す。
 長さなどろくにない男の髪だ。梳くというほど指通りを楽しめもしないが、短い間であっても彼の無骨な指を擽る黒髪の感触は心地よかった。
 黒髪の間から、白い耳殻が覗く。
 爪先でなぞれば、かち、と固い金属の感触。
 金色のイヤーカフスを丁寧になぞれば、細かな彫刻が施されているのが分かる。
 かり、と引っ掻いたのは外そうと思ってのことではないが、イヤーカフスを着けているものにとってはどちらでも大した違いはなく、寝ているところに煩くされてぎっちりと眉間に皺を寄せた顔が彼へと向けられた。

「なにをしておる」

 古めかしい言葉遣い。

「寝てたんでな」
「そなたは私が寝ていると斯様な真似をするのか……」
「暇だったんで」
「童子よな」

 ため息ひとつ、強く瞼を閉じた男は次いで濃い紫の目を露わにする。

「おはよう、グレン」
「おはよう、俺の魔法使い」

 長い本名よりも魔法使いと呼ばれることのほうが多い男、ヴィオレは当たり前のように付けられた所有格に文句を言うこともなく小さな欠伸を落とした。


 グレン・エスペランサはヴィオレにとって、複数の関係名称を持つ知己である。
 赤の他人のなかでは最も側近くにあって、家族では代替が利かず、また家族の代替も利かない。
 グレンはあくまでグレンであって、ヴィオレにとっては全てをひっくるめて彼である。
 世間の評価も評判も全て、だ。

「なんぞ、また仕事帰りか」

 グレンは答えない。
 代わりに自らが着けていたピアスを外して差し出した。

「メンテナンス頼む」

 手袋を填めた手で受け取ったヴィオレは、鈍い銀色のピアスを大切にそうに、まるで我が子を抱くように手のひらへ閉じ込める。
 半自動武器の開発研究が進む時代、ヴィオレは手動武器で一人時代へ悠々追いつき、ときに導く武器職人であった。
 取り扱うのは全てカスタムメイド。
 担い手に寄り添う武器を造りだすヴィオレを、人々は魔法使いと呼んだ。
 従来の手動武器は担い手が武器を理解し、武器に合わせ、それでも環境によって侭ならぬ事態が引き起こされるものであったが、ヴィオレの造りだす武器は違う。
 担い手の求めるものを読み取り、担い手の動きに寄り添い合わせ、思い描いた結果を魔法のように実現させる。
 ただ、誰かれ構わずヴィオレの造った武器を使えるわけではなかった。
 武器を使うような場面で冷静に状況を判断し、行動を思い描けるもの、明瞭な思考を保ち続け、活動を維持できるもの。
 ある意味、ヴィオレの武器はスペシャリストこそ使いこなせる代物である。
 世間では「一流は魔法を使い、二流は武器を並ばせ、三流以下は無駄撃ちしかしない」という言葉が定期的に囁かれる。
 自身がグレンへと譲った武器を調整するヴィオレの細やかな作業をじっと眺めるグレンもまた、スペシャリストの一人であった。
 やってできればやれるだろう。
 思考や精神の制御などではなく、もっと渇いて、もっと淡々とした理屈で以って、グレンはヴィオレの武器を振るう。

「ふむ、無茶はしておらぬようで結構」
「お前がうるせえからな」
「道具は正しく使わねば壊れる。私はいたずらに武器を壊されて良しとするほど寛大ではないぞ」
「知ってる」
「アップデートはどうする? 精密性、貫通性の向上が可能だが」
「追加してくれ」

 頷き、ヴィオレは作業を再開する。
 時折散るのは金色と銀色、紫色の光。
 妖精が手元に飛んでいるかのような幻想的な光景であるがしかし、グレンにとっては魔法を編むヴィオレの指先こそが幻想的なほどにうつくしく思える。

「まったく、調整だけであれば送ってくれればそれで構わぬぞ」

 故に、ヴィオレのこんな言葉をグレンは聞き流し、次のメンテナンスもまた直接彼のもとを訪れるのだ。

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