二部 第四話
時計が深夜をまわり、真も寝静まっただろう頃に、漸くレオンは自宅の玄関の前に立っていた。
この間酒に酔った勢いで行きずりの女を自宅に連れ込んだことは反省している。
真を泣かせるつもりも、自分の気持ちを吐露するつもりもなかったのだが、酔っていて正しい判断が出来ていなかった。
おかげで緩みはじめたブレーキを締め直す為にこうして真と顔をあわせる時間を極端に小さくしているのだ。
鍵を差し込んで、鍵を開ける。
そこで、小さな違和感に気がついた。
鍵が、開いている。
真は国籍が無かったため断言出来ないが、彼女曰わく日本人だ。
外国での戸締まりに対しては非常に神経質だ。
これまでだって、必ず鍵はかかっていた。
外の世界に対して警戒心の強い彼女が、鍵をかけていない?
いや、そもそも、だ。
彼女にはこの家から出る必要はないこと、玄関はあけないこと、を言い聞かせてきた。
それをずっと守ってきていたハズだ。
ならば何故。
何故、玄関の鍵が開いているーー?
深夜にも関わらずレオンは玄関の扉を大きな音をたてて開け放ち、家の中に飛び込む。
持っていた装備は玄関先に放置し、階段を駆け上がって寝室の扉を乱暴に開けた。
開けた先にあるベッドには、真が小さく丸まって眠っていて、今までの騒音に驚いて目を覚まし、慌てるレオンを見て困ったように笑う。
そんな姿は、無かった。
ベッドは真が整えたのだろう皺一つないベッドメイクのまま沈黙していた。
それを確認したレオンはまた慌ただしく階段を駆け下りる。
風呂場、庭、リビング、キッチン。
家の中を探し回ってレオンは見つけた。
真の書き残した小さなメモを。
[少し、出かけてきます。すぐに戻るから、心配しないでね]
拙いスペルでかかれた小さなメモ。
それをクシャクシャに握りつぶしながら、レオンはズルズルと膝から崩れ落ちる。
逃げられた。逃げられてしまった?
呆然としたレオンの携帯に、小さな着信が。
そんな気分では無かったが、この着信は仕事のものだ。出ないわけには行かず、レオンは着信を受ける。
画面に見知ったハニガンの顔が浮かぶが、レオンはそんなハニガンの顔から目を逸らした。
[レオン、落ち着いて聞いてほしいの]
「…なんだい」
[あなたの妹が、大統領の娘と共に浚われたのよ。護衛任務は明後日からだったけど、今から奪還任務についてもらうわ]
「…真が、そこにいるのか?」
[今から地図を送るわ。装備はいつも通りそこの…]
「いい、わかってる。今からだな。またあとで、ハニガン」
[ちょっと、大統領の娘、アシュリーの奪還が本命なんだからーーー]
ハニガンの言葉を最後まで聞くことなくレオンは通信を切った。
先程とはまったく正反対の、恐ろしいくらいに落ち着いた頭で、レオンはゆっくりと必要な装備を選択したいく。
我慢をするという名目で真から先に逃げ出したのは俺だ。
けれど、この家から逃げ出したのは真だ。
俺から、逃げ出したのは真の意志だ。
「そんなものは、許さない」
今まで押さえつけていた感情が鎌首をもたげたのを感じながら、レオンは笑った。
「お仕置きだ、真」
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