第二部 三話目












レオンとそのそのような会話をしたあと、真はあまりレオンの女性関係に口を出さなくなった。
別に、レオンにそのような目で見られているのが心から嫌なわけではない。
前の世界の彼らに比べればずっとずっとレオンのことは大好きだし、愛してるといえる。だが、レオンが自分で我慢していると言っているのだから、我慢してもらおうというわけである。


そういうわけで、ここ最近のレオンは拍車をかけて帰りが遅い。もう一週間もロクに顔を合わせていない状態だ。帰りは遅く、出るのは早い。朝起きた時にはすでにベッドから抜け出してレオンは出勤している。
あの会話の後で、レオンの中のブレーキが緩みかけているのだろう。



レオン兄さんが居なくて寂しいな。


そんな風に思いながら一人分の夕食を作るために真は立ち上がった。
レオンは外で食べてくるから、作る必要がなくなってしまった。

私のご飯はたとえ毒が入っていても食べてくれると言ったのに。嘘つきめ。



広いキッチンで、包丁を使いながら真は溢れる涙を堪えられなかった。

だって、前まではレオンのことを考えながら食事を作っていたのだ。
醤油が少し苦手だと言ったレオンでも食べやすいように工夫するのは楽しかったし、レオンがいつも言ってくれる感想が楽しみだった。


ぽたぽたと、まな板の上に雫が垂れる。


「…寂しい」


口から本音がこぼれた真の目に、一枚のチラシが飛び込んできた。




¨日本展:戦国時代¨



ああ、そういえば彼らは、真を一人にしたことなんてなかったなぁ。

そう思った時、真は出かける準備を始めていた。
包丁を投げ出し出した食材はそのままカーディガンを羽織る。
靴なんてレオンは買ってくれなかったから、大きすぎるレオンの靴を勝手に拝借する。


一応心配するだろうからとわずかばかりの書き置きを残し、真は始めて玄関から外に出た。




大きすぎる靴は少々動きずらいものの、大丈夫。すぐに慣れるだろう。


北風にふるりと体を震わせながら、もっと厚手の上着が欲しい、と思った。レオンは外出することを前提とした服を買ってきてなんかくれない。
久方ぶりの外出に少しだけ真の気分も高揚してきた。前の世界から聞かない自分の世界の歌を鼻歌で歌いながら、真はバス停でバスを待つ。
少しだけ遅れてやってきたバスに乗り込んで、空いてる席に。

ああ、いい天気。

目を細めて流れる景色を見送る。


バスを乗り継いで約3時間。ようやく目的の場所へとたどり着いた。


ちなみに、いままでのバス代も、これからかかるだろう入館料も、貯金箱から持ってきたものである。レオンは少しずつお小遣いをくれていたから、助かった。使うあてはないと決めつけていたようだけれど。

小さな美術館。先ほどの広告の場所である。
入館料を支払って、足を踏み入れた。

よかった、なんとか足りた。…帰りのバス代は無くなってしまったけど。

戦国時代。たとえ彼らの時代で無くとも、自分の世界のを思い出すことはできるだろう。
入ってすぐ、パンフレットを手に取り、開く。物静かな美術館は、それなりに人で賑わっている。全員、静かに展示物を見ているだけだが。
開いたパンフレットには、¨豊臣秀吉¨の名前が記されていて、真は迷うことなくそこへ足を進めた。

やはり、国の差は埋められなかったようで、本物の展示物は一つしかなく、他には大阪城の模型やジオラマ、写真とその説明文だけだった。
しかし、そのたったひとつの本物の展示物に、真の目は奪われた。


見覚えがあったのだ。それに。そのショーケースに入れられている、その着物に。



「私の…私の着物…」

両足を切断されるその直前に身につけていた着物だった。
ウェーブのかかった白髪の彼のお気に入りだった、豊臣の紋が裾に入った、薄紫の着物。
何故?何故ここに?

説明文には、¨豊臣の寵愛を受けていた姫の身につけていたと思われる着物¨から始まる長い説明文がツラツラと並んで書いてある。その説明文はまったく真の頭に入って来ず、ただ、その着物に目線を奪われている。

ああ、私のだ。
私の。


私が、あそこで生きていた証。



そっと伸ばした腕は、ショーケースに阻まれる。


さみしいの。あそこなら、私を一人にしないから、私のそばを離れないから、きっとさみしくないでしょう?


レオンには言えなかったけど、本音はずっと寂しかった。
開かない玄関。
一人分の食事。
冷たいベッド。
ひとりぼっちの家。
ひとりぼっちの食事。
ひとりぼっちのお風呂。
ひとりぼっちの時間。

レオンが帰ってくるとわかっていたから耐えられた。暇つぶしすらないあの家でレオンが帰ってくるのを待っていた。
レオンが帰ってこないのは、真にとって思っていたよりもずっとストレスだったのだ。

ショーケースに阻まれても、それでもショーケースに手を伸ばす。ショーケースが真の指紋でベタベタになってきた頃、ようやく真はまわりが騒がしいことに気がつく。

先程まではとても静かだったというのに、なんだというのだ。
まわりを見回すと、どうやらなにかからか逃げているらしい。

嫌な予感がする。

それでもショーケースから離れられない真の目に、ソレは写った。一気に真の目から血の気が引く。
声にならない悲鳴が心の中で上がる。ソレはゆっくりと、しかし確実に真に手を伸ばして向かってくる。動けない真のソレの手が届きそうな距離になってしまった。ぽろりと真の瞳から涙が溢れる。

「助けて、ーーー」

口からこぼれた名前は、助けを求めた名前は、レオンの名前ではなかった。


「なにしているの!」

ぐいっと腰ごと引かれた真の手がショーケースから離される。縋るように慌てて、ショーケースに手を伸ばす真の姿に、真をショーケースから引き剥がした人物が怒ったように怒鳴った。

「あとで貴女のところに届けてあげるわよ!!」

そこで漸く自分の腰を支えている人物の顔を見る。
真はその人物を知っていた。


「エイダさん」


彼女はそこで漸くワイヤーガンを天井に向けて放った。二人の体が一気に天井付近まで運ばれる。思い切り腹部に重力のかかった真は咳き込みながらエイダを見て訴えた。

「本当に、私のところに持ってきてくれるの…?」

あれは私のものだ。私の、私のものなの。彼らにもらった大切な。

エイダはため息をついて真の頭を撫でて頷いた。

「約束するわ。帰ってきた貴女のところには、あの着物があると」


エイダの言葉にホッとして、真は息を吐き、そしてエイダの言葉の違和感に気づいた。

「帰ってきたら…?」

「そうよ」

おずおずと訊ねた真にエイダは即答した。まさか、これからどこかに連れ去ろうということなのだろうか。慌てて距離を置こうとしたが、今いるところは天井付近まの梁の上であり、不安定だ。バランスを崩した真は思わずエイダに抱きついてしまった。離れようとしても一瞬遅く、真は逆にエイダに抱きすくめられてしまう。

「はなして、私…帰らなきゃ…っレオン兄さんにところに…!」

抵抗をしようとなんとかエイダの腕を引きはがそうとするが、エイダはものともしていない。エイダはそっと真の頭を撫でて、そっと煙を嗅がせた。意識が遠のく中で、エイダの瞳に剣呑な雰囲気が宿っていることに気がついた真は、諦めにも似た気持ちのなか瞼を閉じた。











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