一部 前略。
「兄様!やめてください!兄様!」
前略。オーダーメイドで注文した靴が兄様に発見されてしまいました。
「真、真、なんでだい?なんで僕の言うことを守れなかったの?僕のお下がり以外は身につけちゃダメだってあれほど言ったのに。ねぇ。なんで?なんでなんだい?!なんでか言ってごらんよ!!」
私を見下ろす兄様の瞳は完全に光を失っていて、その暗さに私の肌が粟立つ。
これ以上刺激することがないように、なんとか喉から声を絞り出し、謝罪の言葉を紡ぐ。
「ひ、兄様、ごめんなさい、ごめんなさい!謝るから、謝るからそれは捨てないでください!ディオ兄様と一緒に選んだ靴なんです!」
完全に激昂して二足の靴を捨てるために部屋を出ようとしている兄様の腰に縋り付き、なんとか思いとどまってもらうようにお願いをするも、兄様の足取りは止まることはない。
こうなることをわかっていたから隠していたのに!誰だ私の部屋を勝手に掃除してさらに見覚えがないと兄様に確認したやつ!!メイドか?!執事か?!どちらにせよ許せない!!
兄様の前では兄様からのお下がりの靴を履いていたのに、全て台無しだよ!この靴擦れはなんのためにできたと思ってるんだ!
兄様を止めるためににいさまの名前を出してみたら、兄様はピタリと足を止めた。
兄様は何故か私とにいさまが仲良くしていることを望んでいる。
原作ではこの時期、あまり仲は良くなかったように思うけれども、今はそんなことを考えている暇はない。
「ディオと…?」
「そうだ、このディオと共に選んだ靴だが。なにか問題でもあるのかジョジョ?」
「にいさま」
案の定兄様は足を止めて、手元の二足を見下ろす。
その時には、開けていたドアからにいさまが顔を出した。
にいさま!丁度いいところに!一緒にこの人を止めてください!
縋るような瞳でにいさまを見つめる。
にいさまは兄様に視線を合わせたまま動かない。
いつもの兄様に対する、傍若無人な、上から見下すような態度のままだ。
対する兄様は靴を見たまま考え込んでいる。
私は兄様がどのような反応をするのか固唾をのんで見守っている。
兄様、お願いだから靴を捨てるなんて言わないでよ。
「なんで、僕の靴を履けないのか、言ってごらん」
「…大きくて。靴擦れになっちゃうんだ。だから、靴だけは私のサイズが欲しくなったわけです」
「その通りだ、ジョジョ。お前が大きな靴を履き続ける負担を考えてやらんから真の足に傷なんぞができるんだ。それなのに靴を捨てる資格がお前にあると思っているのか?」
「…そう」
兄様の質問になんとか答えると兄様がフォローを入れてくれる。
にいさまなんでそんなに喧嘩腰なの。兄様がの目が怖いからやめようよ。
助けてもらってる私が言うことじゃないけど。
兄様の瞳が細まり、そのまま私の姿を捉える。
兄様の瞳の中に、怯えた表情の私が映り込んだ。
「靴だけは、許してあげるね」
にっこりと笑った兄様の笑顔は、正直とても怖くて。
「ありがとう、ございます」
と一言だけしか言えなかった。
靴を置いて部屋を出て行った兄様と入れ違いににいさまが入ってくる。
「大丈夫か?」
心配そうに靴を抱きしめて座り込む私を見るにいさまは、先ほど兄様と対峙していた時とは比べ物にならないくらいに綺麗な顔を歪めて私を心配していた。
「大丈夫だよ。ありがとう、にいさま」
へらりと笑顔を返せば、にいさまも安心したように笑って、私の頭を撫でた。
その手はどこか遠慮がちでぎこちなく感じた。
にいさまも部屋を出て行って、本だらけの自室で考える。
靴を抱きしめたまま、ベッドに腰掛ける。
私の重みと共に沈んだベッドから本が数冊床に落ちたが、そんなことを気にしている余裕はない。
失敗した。
その一言だけが脳内を巡る。
今回のことは、本当に大きな失敗だ。
にいさまがいてくれなかったら、きっと靴を捨てるだけじゃすまなかった。
居心地が良いからと調子に乗ってしまっていたのだ。
忘れてはいけない。彼らは病んでしまっているのだ。
私がこんなにも靴に執着している理由はただ一つ。
私の足でどこへでも行っていい証だから、である。
靴擦れだとか、靴が大きいだとか、そういうものはただの建前だ。
前の世界では、私の靴を持つことは許されなかったから、彼らに頼らなくては外に出ることはできなかった。
お下がりの靴ではダメだった。
私の靴でなくては、私のこのちっぽけな自尊心が満たされなかったのだ。
だけども、身の振り方を考え直さなくては。
死んでしまう前に。
自尊心だって、命あっての物種なのだから。
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