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縁さんのことは、確かに苦手ではあるが嫌いではなかった。

幸田縁。サンドリヨンの二代目頭領、幸田灰音の実の兄であり、コント・ド・フェの管理人に就任することになった男。俺より勿論年上だし(厳密な年齢は知らない、何歳なのだろうか)、想い人の肉親なのだから邪険にしてしまえば、今後険悪な雰囲気になることは避けられないだろう。
しかし彼は、そんな俺のことを嫌うことはなかった。否、本当は嫌いなのかもしれないが、不思議なことに彼からその言葉が出たことは一度もない。
先程の言葉。

『君の態度に免じて、本当のことを言ってあげよう。僕はね、君のことが大好きで仕方がないんだよ』

本心から出た言葉とは到底思えないような、どこか嘘くさい言葉。それはまるで、舞台の俳優がただ台本を読んでいるだけの、偽りの心で言ったお決まりの台詞のようで、どこか違和感を覚えたのだ。
勿論、縁さんのことを疑っているわけではない―――否、疑っていないと断定してしまえる程の自信は無いのだが―――本当に彼が俺のことを好きと思っているなんて、今まで想像もしたことがなかったのだ。
てっきり嫌われている、妹に引っ付いているだけの虫だと思われてると思ってたのにあの言葉だ。嘘に決まっている、と決めつけてしまうのは良くないが、疑うことは当然だろう。
しかし縁さんは仮に俺のことが嫌いな人であっても、決して悪い人ではない。ちゃんと仕事はこなす人だし、真面目な時はしっかり真面目に話す人だし、ああ見えても常識はある人なのだ。だから俺にとって、一番厄介な人は縁さんではない。
では、一番厄介なのは誰か、という質問が自然と湧いてくることだろう。確かにあのにたにた笑った神は大嫌いだし厄介なことこの上無いが、大前提に人ではない。だから狐は除外するとして、もう一人、思い出したくもない程嫌いな人を思い出してしまう。
会いたくもないし、顔も見たくないし、そもそも思い出すことさえ嫌な汗をかいてしまう程に、いわば『死ぬ程嫌い』な人。
だがその人には、灰音さんの傍にいる以上、と言うよりコント・ド・フェと関わる以上、絶対的に避けられない重大イベントなので、既にコント・ド・フェに行くと決めた以上、腹をくくるしかないとは分かっている。分かってはいるのだけれど、認めたくはない。きっとこれが無料ゲームなら、あのシーンはスチル付きのフルボイスだろう。


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