「……頭領、強く叩きすぎなんだよな」

先程ビンタされた頬を軽くさすりながら、手袋越しでも分かる熱にため息を吐く。武術に関して、彼女は拳銃やライフル、銃にカテゴライズされるもの以外の扱いは全くの素人で、火事場の馬鹿力でも出ない限り、彼女が他の武器を流暢に扱えたところを見たことが無い。だがさすがにあそこまで接近してしまえば、運動音痴ではない彼女が狙いを外すのは難しいだろう。
それにビンタされる予感はしていたので、その気になれば避けることは出来たのだろうが、甘く見ていた。思っていたよりも強い力で叩かれた。じんじんと痛みがする。

「しばらく冷やした方がいいだろうか……」

縁さんを見送った後、頭領が怒ってまた締め出しを食らったので、こうして廊下で突っ立っているのだが、空気が冷たいこの時期だからだろうか、頬の熱さが余計に際立っているように感じる。
まあ、マンガのように綺麗な手形が残っていないのが幸いなのだが、この状態で買い物するとやけに目立ちそうなので、行くまでにはどうにかなってほしいのだが―――

「そうだ、吉屋さんに頼めば何とかなるかな」

と思ったが、吉屋さんが俺のために薬を作るメリットが一切見つからない。というかデメリットしか思い当たらない。「頭領といちゃいちゃでらぶらぶのちゅっちゅをしてくるので、この顔を治してください」と言ったところで、絶対断るに決まっている。「そんなの誰が治したいと思うのよ!バカじゃないの!?アンタを殺すための薬なら今すぐ作ってやるわよ!」とでも言うだろう。

「困ったな……ガーゼでも貼ってごまかすしかないか……」

俺が自室に戻って、応急手当をしようと右足を出した瞬間、患部に氷でも当てられたように、頬の熱が急に感じられなくなった。確認のために手袋を外して触って診ると、意外なことに綺麗に元通りの体温に戻ってるのだ。

「……?」

どうしてかさっぱり分からない。まあ治ったなら良いに越したことはないが、原因と結果が全く結びつかなくて、疑問符を頭に浮かべることしか出来なかった。俺はそれならと、再び頭領の部屋の扉の前に立ち、なだめるような声で言う。

「頭領、もう入っていいですか。十分反省しましたから」

こんこん、と先程の縁さんの要領で軽く扉をノックする。すぐに返事はなかったが、しばらくして小さい声でいいわよ、と聞こえた。あまり機嫌が良さそうなトーンではない。
少し覚悟して息を呑み、扉をゆっくりと開ける。そこには、先程の姿と変わらない彼女が、自分自身のベッドに座っていた。

「反省したならいいわ、それに遅くなったら危ないんでしょ、出先でせいぜい私のご機嫌取りして頂戴よ?」


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