「**、*******―――、」

それから数十分後。彼女に流されるように、俺はその口づけを何度も受けた。最初は彼女のほとぼりが冷めるまで、何度でも彼女の愛を受け取ろうと思っていたのだが―――予想以上に終わる気配がない。彼女がどれだけ溜めていたのか、それとも何か他の影響か、それはこの時点では分からなかった。しかし、この事態の元凶は何となく察しがついていた。

吉屋玖瑠美。ヨシヤクルミ。

サンドリヨンの頭領である幸田灰音を慕う者であり、俺のことを何かと敵視してくる、俺からしてみればまるで噛ませ犬のような存在の少女である。実際彼女は偵察や後方支援の側の人間であり、戦闘向けではない。頭は切れるが、頭は切れないというか。たまに薬を作っては、試作品だと言って組織員に飲ませようとしたりとか、頭領のためと言って俺に突っかかってきたりとか、何かとトラブルメーカーな体質なのである。
思えば不自然な点が零れ落ちていた。自分が入れた覚えがないのにそこに置かれていた二杯のダージリン、ドーナツ以外にほのかに混じった甘い匂い、鍵をかけていなかったとは言え、微かに空いていた扉。それが侵入者の存在を示唆していた。

「……」

体を猫のように摺り寄せてくる彼女をなだめながら、そして彼女にこの鼓動が聞こえないように、そっと胸から距離を離す。とりあえず吉屋さんが元凶じゃないとしても、何かしら関わっているのは間違いないはずなので(薬を作るなんて吉屋さんくらいしかいない)、事態が落ち着いてから言及することにする。
いっそ彼女にこの際聞きたいことを聞くべきか。そうも考えたが、今の彼女は実際酒に酔っているような状態だ。今の彼女が語るのが仮に本心だとしても、何だかずるをしてしまっている気がして、裏技を使っている背徳感を覚えてしまう。今の自分の状況からそんなことも言っていられないのかもしれないし、ずるをしてでも彼女の気持ちを聞くのは悪いことではないのかもしれない。だけれど俺は、素面の彼女から、彼女の意識を持ってして答えを聞きたいのだ。だから今は、この好奇心はそっと閉まっておくべきなのだろう。


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