「ねえねえ、聞いてるの? 海音寺くんってば」
甘えた声で俺の思考を横切る彼女。顔が近い。ほのかに桃の香りがする。熱を帯びている。息の音さえ聞こえる。これは何の試練なのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「……何ですか、頭領」
「もう、ちゃんと聞いてくれなきゃだめじゃない!キス、私からしてばっかりだから、今度はアンタからしてって言ってるのに」
「え」
そんな我儘を言ってもらっても困る。こっちがどんな思いで貴女を見ているか、貴女は知らない癖に。
「……駄目ですよ。今は」
「じゃあ、いつならキスしてくれるのよ」
彼女はそう言って、ソファに座っていた俺の股座を跨ぐように身を乗り出してくる。やめてほしい。
「とにかく、今は駄目なんです。今は」
「もう、そうやって焦らすのね、本当に意地悪なんだから」
今度は俺の足をいやらしい手つきで触ってくる。どこでそんな技術を覚えたんだ。本当にやめてほしい。言ってしまえば、こっちに来ないでほしい。目すらも合わせたくない。来るな。俺が今どんな顔をしているかですら鏡で見たくもない―――って俺が心を落ち着かせようとしているのにまた俺の唇を奪わないでくださいッ!
……とにかく、閑話休題。
「何よ、アタシが何をしたって言うのよ」
吉屋玖瑠美は、研究所にいた。研究所と言えば聞こえはいいが、実際は彼女の自室な訳で、散らかっているというのが研究所っぽく見えるだけと言えばそれまでなのだが。薬は勿論、他の実験器具もそこらに転がっている。他にも本や、可愛らしい小物、鞄、電子器具。一つ一つ見ていけばいいものだってあるのかもしれないが、こうも山積みになっていると美しさの欠片もない。