感情を隠して生きてはいるが、完全に感情が無くなった訳ではない。隠しているだけで、存在が消えたわけではない。根本的に人間は変わることが出来ない。少なくとも俺は、感情を消してしまおうと考えて行動に移した数週間はそう思った。
今(厳密に言えば昨日までかもしれない)に至ると、ようやく感情が顔に出ないようには出来るようになったが、逆に思えば人が死んでいくのに繭一つ動かさない自分は、能面のようで自分のことなのにとても怖かった。仲間に指摘されて、初めて気がついた。
それでも俺は、灰音さんを好きにならなければよかったなんて、馬鹿げたことは考えなかった。彼女こそが俺の心の拠り所であり、彼女の存在こそが俺の心の最後の砦なのだ。そうでもしなければ、やり直したとはいえ彼女のために殺してきた人間が報われないなんて、自分を正当化するような理由が浮かんできてはしまうのだが。

「……」

愛おしい彼女を、俺が守らなければならない。俺は、彼女に王子さまという醜い俺には真逆のような代名詞を重ねた。神様は残酷だけれども、俺はまだそんな神様を嫌いになりきれなかった。神様には、きっと俺が愚かな人間に見えていることだろう。天狐がそれを証明している。それでも、まだ見捨ててはいない。この次元で、もしかしたら灰音さんを救うことが出来るかもしれない。そう思うと、神様の存在も少しだけ信じてもいいとさえ考える。藁にもすがる思いとはこのことだ。いるかわからない、まだ俺を見捨てていない神にもすがる思い。
自分にも、まだ信仰心なんてものが残っているなんてなあ、と力の無い笑みを浮かべて見せるが、その相手は誰もいない。

「今日の俺、何だか泣いてばかりだ。はは、こんな顔灰音さんにでも見られたら格好悪いなんて思われる」

本来の俺。それはこの次元では天狐と結しか知りえないであろう。
一応成績優秀、天狐におまけとして貰った人ならざる身体能力、顔はどうだろう、整っているのだろうか、きっとそうだといいな。灰音さんと釣り合うような男に見えるならそれで。紅茶や珈琲に砂糖は欠かせない甘党。ゲーマー。特に音ゲーを好む。喫煙者(吸う頻度は減ったけれど)。そして結の評価に基づくと、「感情をすぐ表に出す優しい同級生」。だからこそこうして今泣いている訳ですけれども。
涙がようやく止まったので、俺はティッシュで鼻をかみ、昼間と同じように洗面台に立った。やつれている。それはおそらく先程泣いたことが主な原因だと思えるが、そこで今更自分がこんな顔をしていたのかと気付いた。
そうだ、お風呂に入ろう。そうすれば気持ちも切り替わる。

「……あ」

お風呂で思い出した。もしかして今日は、灰音さんの風呂番の日なのではないか。慌てて俺は自分のスケジュール帳を開き、今日の日付、十一月十八日を確認する。ここでそういえば今日は俺の誕生日で―――、あ。

「思い出した。今日一日付き合って貰う権利」


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