自分が所属している組織について。
コント・ド・フェについて。
そこで働いている何も知らない知人について。
寿命を犠牲にして好きな人を救おうとしている自分について。

「……どれも馬鹿らしくなってきた」

それでもこれから起こる出来事は、自分の思う彼女には避けられない決定事項であり、俺もこの目で何度も見てきた。

「いっそ投げ出してしまえれば楽なのに」

そう呟いてみるけれど、その考えが人間の死すらどうでもよくなっている自分を連想させて、思わず背筋がぞっとした。
大切な人を救いたい。けれども、これ以上自分が傷つきたくない。誰も殺したくない。けれども、これ以上選択肢が無い。

「いや、無いんじゃなくて、自分から無くしてるのか……」

灰音さんが作ってくれた料理はどれも美味しかった。彼女の料理は、食べるたびに自分が生きていることを実感させてくれる。温かくて、とても優しい味。思わず今まで歩んできた人生を投げ捨てて泣いてしまいたくなるくらいには。
俺がそんな顔をしていたのか、灰音さんは具合が悪いのかと何度も聞いてきた。けれども俺からしてみればそんな自覚は無い。だから聞いてくれる度に大丈夫ですと返した。
自分で気付いていないほどに、俺は疲れているのかもしれない。
意図せず次元の変化を与えてくれた、吉屋さんと話したこと。
腹に一物ありそうな、縁さんとどこか楽しげに話したこと。
タイムトリップのことを冗談交じりとは言え泣きながら灰音さんに話したこと。
絶望に明け暮れていた俺に力を与えた、天狐と話したこと。
何も知らない、俺の心配をしてくれる結と話したこと。
そのどれもが、俺にとっては重荷で、励ましで、いつかキャパオーバーして潰れてしまうのではないかと思えるほどの俺の脆弱さ。

何も考えたくない。
何も知りたくない。
何も見たくない。
誰も死んでほしくない。
誰も悲しんでほしくない。
誰も俺の前から消えないでほしい。

「……はは」

乾いた笑いと、いつまでも枯れない涙。
きっとしばらくすれば、このどす黒くて行き場の無い感情は、涙が流れて、寝て起きればきっと治っている。心の底でそう信じていた。

―――しかし汝は驚きじゃのう、ここまで何度も繰り返して彼女を救おうとしているのに救えない。しかしそれに心を壊されることもない。ふふ、もしかしたら汝は我が思っているより冷血な仕事人間なのではないか?

「いっそそうなった方が、苦しまずに生きていけたのに」


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